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0312_同じ速度で

 なんとなく、本当になんとなく、もう何もかもが嫌になってしまって、今日、仕事を休んだ。こんなことをするのは初めてで、自分では結構勇気を出したわけだが、そんなことはどうだってよくて、私は今日、仕事を休んだ。
 
 朝、起きたときにはそんなつもりはなくて、いつも通り、仕事嫌だなぁとか思って準備をして、家を出た。駅に向かって歩き始めると、何だか妙な感覚がある。広い歩道で、私に並んで同じ速度で歩く人がいる。見かけない人だった。私が歩く速度を早めれば彼も速めて、緩めれば彼もまた緩める。横目で見つつ、私は、歩き続けた。信号で止まり、曲がり角でも同じ速度、緩やかさで曲がり、私と同じようにして彼もマンホールを避けて歩いていた。気にせずに歩き続けて、駅に着き、ふと横を見ると彼はいなかった。
 一体何だったのだと不思議に思うともうだめだった。こんな風に不思議なことがあったのに、なぜ私は行きたくもない仕事に行かなきゃならないのだろう。そう思えて、だめだった。
 私は、通勤する人たちの邪魔にならないように脇に寄り、3分だけ考えることにした。仕事に、会社に行くか行かないか。行きたいか行きたくないかでは考える意味がないのでやめておく。行くか、行かないか。今日一日に予定しているタスクや会議を頭の中で整理するが、どれも重要には思えなかった。その時点ですでに決まっていたように思う。
 でもやっぱり行くことにした。重要には思えないし、行きたいとも思えないのだが、それは今日に限ったことではない。今日行かないのなら、私はもう会社には行けなくなる気がした。

······が、それもまたやめた。
私が改札を通ろうとしてそちらに向かうと、同じ速度で付いてくる人がいる。

 彼だった。

 今度こそ顔を見るが不思議とあまりよく見えないのだった。十分近い距離なのに輪郭がぼやけている。そのまま、私と彼は同じ速度で歩き、改札を背に、くるりと来た道を戻った。なんとなく、本当になんとなく、もう何もかもが嫌になってしまって、私は笑って会社に休みの連絡をした。

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