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0227_表裏一体

 指先が冷えていた。強くて冷たい風が吹き、私の四肢の先端まで冷えているのだった。指先の爪をぐっと押し、刺激してやることでいくらか温かくなる気がして、私は静かに押し続けた。じんわりと、熱がある。

 つまらない毎日である。
 にこにこと愛想よく笑って見せる私が、そんなことを思っているとは、今、私の周りにいる職場の人たちは思ってもいないだろう。毎日顔を合わせている隣の同僚でさえ、きっとそれは知らない。つまらないと思うときほど、私は爪をぐっと押す。

「是非、三井さんにやってもらいたいんだ」

 部長に呼び出され、そう告げられた。社の一大イベントのプロジェクトリーダーを任された私の爪は、押されすぎて周辺の皮膚が赤くなっている。

「ありがとうございます!頑張ります!」

 私はやっぱりにこにこと答え、任されることにした。
 プロジェクトリーダーなんて、全くもってやりたくない。まず、スケジューリングが必要、その後にタスクを洗い出し、メンバーの担当割を考えるか。それから......。私は指を数えるようにして爪を押していく。痛いほど。

「三井さん」

 後ろから声を掛けられ、振り返ると1つ先輩の小林さんだった。彼女はいつも笑わない。私の表情が陽であるなら、きっと彼女は陰。なんて、表面だけでは分からないけど。

「小林さん、プロジェクト、どうかご協力よろしくお願いします」

 私は小さく頭をさげる。小林さんはやっぱり表情を変えない。

「そんなに、力まないでいいよ」

 そう言って、私の指先を見ている。

「三井さん、いつも頑張る時に力入るから。もっと緩めていいよ。痛くなっちゃうから」

 痛くなっちゃうから、で、それが私の指先を思って言っていることを確信する。

「そんなに、力んでないですよ」

 私が笑って返すがやっぱり彼女は笑わない。

「血が出てからでは遅いから。そんなにギュッてしないでね。少なくとも、その指の数だけ一緒に動く仲間がいるから、力を緩めていいんだから」

 笑わないまま言うだけ言って、彼女は席を立った。
 私は拍子抜けして、言われるままに指の爪を押すことを止めた。じぃんと痛みの余韻が滲む。少しかゆい。指を数えると、10本あって、見渡すと、確かに10人いる。
 つまらなくて気が立っているのではなく、私は頑張ろうと思って気を張っていたのかもしれない。
 気付くのが遅すぎて私は笑った。

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