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てか知らない人を車に乗せるなよ

「知らない人の車に乗ってはいけません」


子供の頃一度は言われる言葉だ。




私が育った街は

閑静な住宅街で

一部エリアに国会議員が住んでいるような

「高級住宅地」と呼ばれる場所もある。


そんな、一見ハイソな街なのだが

この街で育った女の子は皆共通のトラウマがある。



「変質者に遭遇する」だ。



子供の頃からそんな話を絶えず聞く。

友達も大体、一人一つは

「変質者遭遇エピソード」を、持っている。


当の私は、三度ほどその経験がある。

どれも思い出すと今でもゾッとする。


そんな聞き慣れた女の子の

「身の危険」エピソードの中でも
際立って忘れられないものがある。

それは姉の友達から聞いた

「誘拐されかけた」話だ。


その子は、小さい頃に
大人から話しかけられ
「お菓子をあげるよ」と言われるまま
車に乗ってしまったらしい。

そして車内で怖くなり
泣いてしまうと
慌てたのか、車を降ろされたと。


後から親にその話をしたら
血相を変えて
「絶対に知らない人の車に乗るな」
と言われたと聞いた。


小学生低学年の頃に聞いたこのエピソードは

変質者とは少し離れているものの

その頃聞いたどんな話よりも

恐怖を覚えた記憶がある。


私もその話を、擦り切れるほど擦り切り

「私のお姉ちゃんの友達なんだけど」

と、あらゆる場面で披露した。

少し遠い関係の私でもこうなのだから、

本人含めもっと沢山の人がこの話を拡散しただろう。



子供ながらに皆

「知らない人の車に乗ってしまったら」

と、その先を想像する力があるのだと

この話を思い出す度に、そう気付かされる。


私だって当時その想像ができたから

「大変なことだ」と人に話したはずだ。





さて。

小学生の頃の私よ、ごめんな。

あなたは大人になると、そんなこと

サッパリ忘れてしまいます。


いや、きっと覚えてはいるのだろうけど

大人になると変に気を遣ったり

「知らない人」の範囲が分からなくなったり

なんだか難しいんだよ。




というのもですね。

あれは3年前くらいの夏でした。

元々偏頭痛持ちの私は

その日、朝から頭痛に悩まされていた。

偏頭痛持ちな上に、デスクワークなものだから

血行不良、肩凝り、眼精疲労、等々

頭痛を助長させる要素が揃いすぎている。

朝から頭の痛い日は、だいたいどんどん悪化する。

体調不良ガチ勢を自負する私は

8:30に出勤して

8:45に早退した事がある。

しかも歩けなくなって上司にタクシーを呼んでもらった。


時々、

誰にも知られることなく

トイレでゲロを吐いて

席に戻って仕事をしたりしている。

これまた人知れず三日間下痢、とかザラにある。


ただ、その日私は結構耐えていた。

昼過ぎから

「ヤバい、ヤバいな」と感じていたけれど

「いやまだ行けるかも」

「有休もうないよ」

とか考えていたら15時まで耐えられた。


そのままやり過ごそうとしたけれど

ああもう限界だ、と17時にギブアップした。

どうだ、これが「体調不良ガチ勢」だ。

「あとたったの1時間」が命取りになる。

「これ以上残ったら歩いて帰れない」

と判断して、17時に帰ったのだ。


会社の扉を開けようとすると

押した感覚もなくドアが開いた

何が起きたのかと思っていると

ドアの向こうに大きな男が立っていた。


向こうもとても驚いた様子だった。

この男には見覚えがあった。

私の会社と繋がりがある銀行員だ。

私は何度か来客対応で会議室まで通した事があるが

顔がわかるくらいで名前も知らない。

会話したこともない。

その人が、社長はいますかと私に聞いた。

今日は不在です、と伝えると。

ではまた後日来ますと帰って行った。

扉を閉めたものの、私も帰るつもりだったので

少しズラして数分後に扉を出て、会社から出た。

ビルを出て歩き始めると

遠くから声がする。

さっきの大男がこっちに向かってきている

なんだろうかと声を聞くと

「乗ってください」と言っている

よく分からずまた話を聞くと

「駅まで送ります」と言っている。

いやいや、と断ると

「私も駅通るので」と言う。 

私を車で送ると言うのだ。


二回くらい断ったが

「いや大丈夫ですので!」と即返事され

断った方が失礼な空気にさえなってしまった。

頭が痛すぎて気力もないので、もう乗ることにした。


助手席に乗って

「もう帰りですか?」
「いつもこの時間ですか?」

という質問に答えながら、

クーラーで引いた体温で、少し頭が冴えてきた


そして気付く




「この人、、、、誰?」




いや、知ってはいるが。

知ってはいるのだが。

まず勤め先はわかる。

うちの会社と繋がりがあるのもわかる。


でも、、、、誰?


名前も知らない。

聞いたこともない。

名前を聞く関係でもない。

挨拶さえした事がない。

本当に会議室に2〜3度通しただけだ。


「名前も知らない人の車に乗っている」


その状況に、大人の私も少しだけ焦る。


まあ、名前を知らないとはいえ

勤め先は知っているし

おかしな事は、、、、起きないだろう。

にしても、変なことになっている。

断れなかったけれど、

誰かに知られるのもマズイ。



私の会社はITの中小企業だ。

入社した時、経理の女性以外は男性社員しかいなかった。

その経理の女性も、母親とほとんど同じ歳だ。

入社してすぐにその女性に言われた

「男性社員の人の車にも、乗ったらダメよ」

と。


「何でそんな怖いこと言うん、、?」
「20人くらいしかいないこの会社で、、?」
「なんか、ヤバい感じの人いるん、、、?」


と思った事を覚えている。


車内でそれを思い出した。


「うわーーーーー

社員どころか、取引先みたいなところの人の

車に乗ってしまったーーーーーーー」



バレたら、まずそうだ。

なんか怒られそう。

会社同士のトラブル防止とかのために

禁じられていた可能性もある。

迂闊にやぶってしまった、、、

、、、というか、この男性。

私を乗せたこの男性は、問題になったりしないのか?

こういうのって普通なのか?

信用金庫だし、、、地域密着型、、、?



そう思いながら、

とにかく痛む頭と闘い

その男性との会話は、ただ有耶無耶に返事をしていた。

降りる場所は頑なに「駅で」と言い、

路線は二つあるが、どっちかは濁し

どちらの線も乗れそうな場所で降ろしてもらった。



車を降りる時

「これよかったら!」と

何かを手渡された。

降りてから見ると

それは、未開封のスイカの味のグミだった。


とにかく頭が痛いので、

その後は速やかに電車に乗って帰った。

家で寝て、夜に少し起きると

頭痛は少し引いていた。

テーブルにグミが置いてある。

さっき貰ったものだと思い出した。

そして気付いた

「、、、、、私、、、、
知らない人の車にもらって、お菓子もらってる」


そう。

私は子供の頃にあれだけ言われた

「絶対にダメ」の二大NGを2つコンプリートしていた。



知らない人の車にホイホイ乗ってしまい

お菓子まで貰ってしまったのである。


ウケる、と思う気持ちと

謎エピソードだから言う場所もないな

と考えていた。



後日、銀行員をしている友達とご飯を食べている時に

「あのさ!」とこの話をした。

「銀行員って、これが普通?」と聞いたのだ。


すると

友達
「いや、社用車でしょ?!」
「ありえないよ!」
「車に他のお客さんの書類とか乗ってる可能性あるし」
「書類乗ってなくてもありえないよ!」
「よく知ってる人だとしても乗せない」



、、、、、どうやら
私が乗った車の主は、少しおかしな人のようだ。
あくまで友達のリアクションを見た限り、だが。


私もなんとなく
「あの人、変な人じゃね?」
と、心のどこかで思っていたのである。


「これって普通かな?」
「いや、ちょっと距離感おかしいよね?」
と。


まあ、その通りだったのかもしれない。


その後、
その人がうちの会社に来ることは何度かあったが

特段私が対応することもなく
挨拶もしないままだ。
救いなのは会社の経理の女性にバレていないことくらいだ。


あれから3年。
半年くらい前に、その人がうちの会社に挨拶に来た。


「なんか〜、2年くらい
社団法人に行くことになりまして!」

という会話が聞こえてきた。
なので担当が変わる、と。


その人が帰ると、
経理の女性が他の社員と話しているのが聞こえた。


経理の女性
「なんかさ〜出向?かな?」

社員
「この場合、まあ大抜擢か
とんでもないことやらかして飛ばされたかですね」

経理の女性
「だよねえ〜?!笑」



聞きながら



たぶん後者なんじゃないかなあ、と思った。


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