粉をパラパラ(脳腫瘍 5)
九段坂病院で首を手術して以来、痛み止めのロキソニンを飲み続けていたが、頭痛は常にしていたので、薬はたいして効かないのだと思っていた。
金曜日の朝ロキソニンが切れてしまったが、手術まであと何日もないし、どうせ気安めに飲んでいるのだから、飲まなくても構わないと思って追加を頼まなかった。
ところが、金曜日の夜中に頭痛がして目が覚めたら、ズキズキと頭が動くような痛さで眠れなくなった。
やっぱりロキソニンは効いていたのだ。
それがわかったので、朝になって看護師さんに注文したが、薬は先生に処方箋を書いてもらい、薬局から届くまでにも時間がかかるということだった。
起きてからもずっと頭が痛くてたまらないので、薬が届くまで待っていられず、同じ薬を飲んでいるKさんに借りて飲んだ。
土曜日はJリーグの開幕戦があり、ジュビロ対Fマリノス戦がテレビで中継されることになっていた。
私は家でも滅多にテレビを見ないこともあるが、ここのテレビは小さくて画面が見辛いのと、細長いベッドテーブルに乗せてあって、テーブルが重くて動かしにくいので、取り外して片付けてもらっていた。
その代わり、家から持ってきた携帯ラジオでテレビの音声が受信できるので、ジュビロの開幕戦を聞こうと思っていた。
中継は3時50分から始まるから、キックオフは4時だろう。
この同じ日にケイコさんがお見舞いに来てくれることになっていた。
わざわざ来てくれなくてもいいと断ったのだが、青山に行った帰りに寄るというので、大きな紙袋を持ってきてくれるように頼んだ。
月曜日の手術の後で回復室に泊まるのに、タオルや身の回りのものを入れて持っていく紙袋が必要だったから。
用事が終わってお昼を食べてから来るなら2時頃には着くだろうか。1時間ぐらいお喋りしてケイコさんが帰ってから、ゆっくり開幕戦を聞けるはずだ。
勝手にそう決めて待っていたが、ケイコさんはなかなか現われなかった。
3時になり、3時半になり、4時になって、試合開始のホイッスルが鳴る時刻にようやく登場。用事が済んだ後で友人たちと会食していたそうだ。
隣のベッドのFさんが静かにしていたい人らしいので、病室で話すと迷惑になると思い、ケイコさんとデイルームに行った。
前日の臼井先生の話をすると、話している途中でケイコさんがニヤニヤ笑い出した。
深刻な話なのに、何がおかしいのかしら?
「いやー、掲示板(入院前に近況を書き込んでいたネットの掲示板)とかメールで読むと深刻だと思うんですけど」
と言いながら、まだ笑っている。
「アンヌさんが言うと深刻に聞こえないんですよ」
「私が冗談っぽく言うから?」
そうたずねると、うんうんとうなずいている。
自分ではわざと茶化しているつもりはないのだが。
「切り取った頭の骨でペンダントを作ったらどうですか?」
ケイコさんも突飛なことを思いつくものだ。
残念ながら、頭の骨はそんなにきれいに切り取れないらしい。
私も頭蓋骨に開けた穴に切り取った骨でふたをするのかと思っていたが、臼井先生に聞いたら、
「そんなことしないよ。粉をパラパラふりかけて、上に筋肉をかぶせておくんだよ」
と言われた。
「粉って?」
「骨の粉だよ。ちょっと足りないかもしれないけど、そのうちくっつくから」
穴を開けるときに骨が粉々に砕けるということか。自前の骨の粉が足りなくても、人工骨は使わないのだろうか?
「穴はちゃんとふさがらないんですか?」
「大丈夫だよ。開けた場所には直接さわれないから」
そんなものですかね。何分こちらは未経験なので、終わってみるまでは何とも言えない。
1時間ほどしてケイコさんが帰ってから病室に戻り、サッカー中継を聞いた。
ラジオをつけたらちょうど後半戦のキックオフで、前半は0対0だった。
夢中で聞いているとあっという間に時間がたち、「40分経過」と言うので驚いた。
このまま引き分けかと思っていたら、終了間際のフリーキックで名波の蹴ったボールがゴール! ベッドに寝たままガッツポーズが出る。
ロスタイム(アディショナルタイム)は3分あったが、そのまま終了。
今シーズンは幸先がいい。私の運気も上がるだろう。
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