仮定とブランディング:PDLB
詳しく書くとプライバシーの問題になるので、一般論として読んでください。ある中学校の二年生のクラスに新しく赴任した担任がやってきました。彼は最初の授業で、自己紹介がてら生徒と対話をすることにしました。
26歳と若いその男性教師は「みんなに質問をします」と切り出します。彼はそれほど現場での経験がなかったはずで、自分のことをフレンドリーに受け入れて欲しいという空気を過剰に出していました。
「これから仮定の話をしますね。それは他人の気持ちになって考えることで、自分の置かれた状況以外の世界を知ることができます」と言いました。まず、一番前の席に座っているSくんにたずねます。
「もしSくんが電気も水道もない国に暮らしていたら、どんな毎日を送っていると思いますか。想像してみて」
「えーと、ゲームができません」
「そうだね。Sくんが毎日ゲームができているのは、電気があるこの国に生まれて、さらにゲーム機を買ってくれる経済力がある保護者がいるからだ。これは恵まれているのだということがわかったよね」
この会話をしているとき、Sくんの隣に座っていたAくんはちょっと不機嫌そうでした。発展途上国の子供と、このクラスの生徒を比べる教師の単純さにウンザリしたようです。
教師もそれに気づいたようで、次の話題に切り替えました。
「では、次にAくん。もし君の銀行口座に一億円の預金があるとする。そうしたら毎日にどういう変化があるだろう。考えてみて」
Aくんは半笑いを隠そうともせずに「あまり興味ないですけど、何も変わらないと思います」と答えました。
「そうか。でもそれは仮定という考え方を否定していないか。今の自分とは違う境遇と比較してみる、ちょっと難しい言葉で言えば、」
「、、、思考実験みたいなことですか」
Aくんは先回りをしてこういうことを言う、大人びた子供でした。教師は少し慌てた様子を見せましたが、気を取り直してさらに続けます。
「君たちが大人になったときには仕事をするようになるよね。もちろん今の学校生活でもそうなんだけど、自分とは違う立場の人と人間関係を築いて仕事をするためには相手の気持ちを想像する必要があるんだよ。商品を売る仕事ならお客さんがいるだろう。そこで必要になる人間関係を上手に想像できなくてもいい。でも、したくない、と拒絶する態度はどうかと思うな」
若い教師らしく、やはりちょっとイラッとしたようです。
「あの、仮定ってどういう意味ですか」
思考実験という難しい言葉を知っていたのに、Aくんはそう聞きました。
「仮定っていうのはね、事実と決まったわけじゃないけど仮にそう考えてみる、ってことだよ」
ニヤニヤしているAくんの後ろに座っていた女子のFさんが、それを聞いて小さく笑っていました。
授業が終わってから教師はFさんに声をかけました。
「ねえ、さっきどうして笑っていたの」
Fさんはこう言いました。
多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。