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感情の具体性:PDLB

広告制作プロダクションに入って数年目、あるクライアントの社内コンペがあった。我々若手が大々的なキャンペーンの一部分に参加するような仕事だった。

張り切っていくつものアイデアを出し、途中経過を自信満々にクリエイティブ・ディレクターに見せに行った。彼から、「こんな下品なものをうちの仕事だと言ってプレゼンテーションできない」と言われた。今、自分がそれを見せられたら、まったく同じことを言うだろうと思う。

「下品」というきわめて強い言葉にデザイナーとしては傷ついたが、ひどく傷ついたからこそ、何十年経った今でもそれを憶えていられる。つまりそれがあったから私はそういうものを二度と作らなくて済んだ。感謝しかない。

オリエンテーションを聞いた経験の少ない自分は、「たぶんこういうことだろう」と自分勝手で安直な結論を出してデザインにした。その「理解の浅さ」を痛烈に批判されたのだ。どこかで見たようなコンセプトと、あざといデザイン。在籍していた会社の持つ洗練されたデザインから大きくはみ出していることで何か新しいことを成し遂げたような気になっていたが、そうではなかった。当然だがクライアントが求めていたのは若者が陥りがちな自己主張ではなく、安心感だったからだ。

それすらわからなかった時期を恥じるが、そうやってひとつずつ打ちのめされて憶えていく。

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広告は毎回違う職種を相手に仕事をする。サービス業があれば製造業もあるし、企業の規模もそれぞれ違うから解決方法も多種多様だ。極端に言えば社内でも知られていない情報にアクセスすることがある。極秘の新製品などは一般の社員には知らされていないから、言ってみれば長年勤めている社員よりも会社に詳しくなることがあり得るわけだ。

そして、多くの業種の違いを知る。業種を超えて「横」に切れば、同じ事業規模の会社が持っている問題点もわかってくる。

そこで行うべき助言や判断には、職種を超えた共通項があるのがわかる。それが「ビジョン」の重要性。新製品を売りたい、というのは具体的な目的だから誰にでもわかりやすいが、長期的に考えるとそれが売れることによって企業がどう見られることになるのか、どういう受け取り方をされるかが、つねにセットになっていなければならない。

たとえば家電メーカーがセンスのいい家電シリーズを売り出すとする。それを伝えるマス広告をオシャレに作ることは当たり前だが、本質はそこにはない。提示すべきビジョンは「センスのいい生活」を期待させることだ。ではセンスのいい生活とは何かを掘り下げることになるが、ひとつ簡単な方法がある。

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多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。