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30年の変化:PDLB(無料記事)

仕事を始めてから30年以上が経ちます。最初はデザイナーとして青山の小さなデザイン会社で働き、銀座の老舗広告制作会社に移り、そこからのフリーランス生活も20年が過ぎました。デザインからCMディレクションを経て、今は写真ばかり撮っていますが、どれも楽しいですし、正直に言って苦労したと感じたことはありません。当時は今と違っていいものを作るための時間と予算と理解が十分に用意されていて、毎日が楽しい実験の繰り返しでした。それもクライアントのためではなく「自分のため」。

これは背信じみて聞こえるかもしれませんが、個人の能力を上げることは最終的に会社に利益をもたらし、その途中経過が仕事として成立するクオリティがあるなら許されていました。あるとき、大手の広告代理店での企画会議に出ました。フリーのプランナーなどが集められてキャンペーンのアイデアを練るのですが、そこで集められた企画案を見てクリエイティブ・ディレクターが言ったのは、「お前ら、つまんねえ毎日を送ってるんだな」でした。

今とは違って、広告は「夢を売る仕事」でした。戦後、欧米の豊かな生活をテレビで見るようになって大きな冷蔵庫やクルマや庭付きの家を買うのが庶民の憧れになったので、「何も持っていない人のための広告」はとても単純な構造をしていたのです。ただいいものを見せておけばいい。こんなモノが欲しいでしょ、見たことないでしょ、と言っていればよかったのです。

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そのために、広告を作る人は誰よりも先にそれを知っている必要がありました。撮影するのは外国の豪華なリゾートだったり、最先端のカルチャーがある場所だったり。その風景を初めて見る人は驚きます。そんな簡単な仕組みだったのです。バブル期にはその刷り込みの甲斐あってか、若い女性たちを中心にヨーロッパやアメリカにどんどん出かけていくようになりました。すると広告を見る側と作る側の差が徐々に縮まってきます。珍しいと思って見せた風景はすでに見たことがあると言われてしまう。アフリカや中国の奥地などまで出かけて行きますが、それにも限度があります。

このあたりから広告は何段階目かの進化というか退化というか、その様相を変化させていき、どんどん小さなロジックに向かっていくようになります。マーケティング部門が勢力を伸ばしてきたのもこの頃で、元々は長い目で見たブランディングの手法で広告を作ってきた企業であっても「広告出稿日の売り上げの推移」のように目に見える効果を重視し始めます。経営側としては具体的な効果が目に見える方を選ぶのは当然で、景気が低迷している時期にはよりそちらに傾いていきます。

広告にはブランド広告と商品広告があり、たとえばプリウスというクルマが新登場したときの広告と、トヨタの企業としての取り組みを知らせる企業広告はまったくの別物です。役割が違うそれらを両輪で作れる大企業ならいいのですが、広告予算がない企業は商品広告・バーゲン広告一辺倒になっていきます。特に今はネット全盛なので、捉えどころのない視聴率などではなくクリック数やインプレッションを一桁単位で報告された方が信頼がおけるのだろうと思います。

しかしそれだけではいけないと、また「ブランディング」と言い出すのです。ブランディング広告とは企業の人格を示すことです。カステラの文明堂のCMは、なぜぬいぐるみの熊がラインダンスをしていたのか、まったく理由はわかりませんけれど、「カステラと言えば文明堂だろう」という印象を数十年にわたって植え付けることには成功してきました。それがブランド広告です。

前述のクリエイティブ・ディレクターが言ったのは、価値を提案する人々が誰よりも平凡な毎日を送っていてどうする、という意味だったのだと思います。それから数十年が経ち、いつしか広告はトリックやギミック、ストラテジーに偏りがちになり、見た目の美しさも感情を揺らす部分もそぎ落としていきました。同時に受け手の理解の方法も変化していき、「つべこべ言わなくていいからいくら割引になるかだけを手早く教えろ」というスタンスに変わっていきます。

これは経済活動としてひとつの正解なので何も言いませんが、広告を作る側はそこにできるだけ大きな幅を持っていなければならないと感じます。普段ユニクロでしか服を買わず、一度もヨーロッパに行ったことがない人にエルメスの広告は作れないでしょうし、マクドナルドしか行かない人に料亭のブランディングはできないし、頼まれないでしょう。両方を熟知している必要があります。

それとは別に、マイクロメディアとしてのネットの存在が広告全体を揺るがしています。テレビのプライムタイムにCMを流すことの価値は下っていて、それよりも消費者は信頼のおける人のInstagramで紹介された商品をチョイスして買います。マスメディアは自分たちの影響力が低下したことを認めたくないので変化には消極的ですが、時代の要求から淘汰されるのは時間の問題です。

コンテンツは時代に沿って日々変わっていくものなので、いつのどの時代が正しかったとは言えません。ことさら懐古的だったり現状をネガティブに受け取っても仕方ないので、次回は、「では、今からはどういうことをしていけばいいのか」を考えていきたいと思います。

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