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センスの悪いワンピース:Anizine

夜中の2時頃に電話かかかってきた。知らない番号だ。相手は名前を名乗らず、いきなりこんなことを言った。

「なんで、あんなことをブログに書いたんですか」

誰なのか、何のことか、さっぱりわからなかったが、怒らせると面倒なので冷静に話を聞くことにした。その女性は僕がブログに書いた内容のことで怒っているのだという。人違いではないかとたずねてみたが、書かれている内容は僕のブログに間違いなかった。

いつも配達に来る30代前半くらいの宅配便の女性がいた。実はその女性配達員の「距離の取り方」に何となく不思議なものを感じていた。うちの地域を担当するようになったのはたぶん半年くらい前から。それまでは初老の男性が担当だった。僕は仕事柄、多くの荷物を発送したり受け取ったりするので、彼らは頻繁にここを訪れる。

ああ、女性に変わったんだな。その時はただそれだけしか思わなかった。

しかししばらくすると、外でも声をかけられるようになり、信号待ちなどをしていると向こう側から挨拶をしてくる。マンションの前に立っていて、僕と挨拶をすると帰って行く。もしかして待っていたのかなと思うこともあった。

ある日、子供を連れて公園にいると遠くの方に彼女が立っているのが見えた。気がついた僕が頭を下げると彼女も頭を下げていなくなった。ずっと見られていたような気がする。

僕の仕事場は自宅から数分のマンションの一室だが、社用の荷物はそこで受け取っていて書かれている名前は会社名だけ。同じ担当地域である自宅に届くものは妻が個人名で受け取っている。だから彼女は僕の名前も家族のことも知らなかったんだと思う。それからも荷物を届けに来るたびに言葉を交わすことはなかったが、どうも視線が普通ではないように感じられた。こういう時に女性なら真っ先にストーカーではないかと疑うのだろうが、僕は中年だし見た目もパッとしない。そんなはずがないと思っていた。

「お子さんがいるんですね」

ある夏の日、僕が伝票にサインしながら「暑いですね」と言うと、彼女は唐突にそう言った。明らかに何かがおかしい、と思ったのはその時だ。

「はい。娘がひとり」

そう答えると、彼女は何も言わずに帰っていった。

僕のブログは毎日の他愛ないことを書いている。いわゆる「つれづれ系」だ。好きな店にランチに行ったら臨時休業でまいったとか、そんなどうでもいいことしか書かない。仕事関係の人が見つけてプライベートなことを知られるのはイヤなので、家族のことにもまったく触れていない。

今日は、近所で見かけた女性のことをどうしても誰だか思い出せなかった、という話を書いた。ちょっとセンスの悪いワンピースを着ている女性がいた。顔は確実に知っているんだけど名前を思い出せない。なんだかもやもやするなあと思っていたが、仕事場で発送の手配をしようとしたときに思いだした。宅配便の女性だったのか。彼女が制服ではない服を着ているのを見たのが初めてだったから、わからなかった。プロレスラーがスーツを着て街にいてもわからないもんね、とやや面白おかしく書いた。

「私のワンピースはダサかったですか」

電話の向こうの声は静かだが恐ろしかった。

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Anizine

¥500 / 月

写真家・アートディレクター、ワタナベアニのzine。

多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。