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どこに行ったんでしょうね:Anizine

俗に言う、9月の始まり。断末魔のような蝉の声が、いつしか鈴虫の奏でるメロディに変わり、その音楽が鼓膜に届いた瞬間に私を取り巻く空気の温度が少し下がったような気がする。

私という蝉はすでに40回以上の夏を迎えたことになるが、セイジャクゼミという種類でもあるかのように、大きな声で鳴いた記憶がない。そんな私が一度だけ仕事の現場で大きな声を上げてしまったことがあるので、9月の始まりの日を記念してその日の出来事を書いてみようと思う。

たいした話ではない、たいした話ではないのにここから有料になるという底意地の悪さをエンジョイして欲しい。無料と有料の間には深くて暗い河があるという。誰も渡れぬ河ではない。向こう岸に渡るお金を惜しむ人は、対岸の景色を見ることなくエンヤコラと言いながら一生を終える。

別にそんな景色なんか見なくていいと言う人がいる。しかしパーティの席で「あの映画はよかったな」と盛り上がったとき、その映画を観た、話題への参加権を持つ人は参加しないことも選択できる。だが映画館という河を渡る労力と2000円弱の入場料を惜しんだ吝嗇家は、そこで沈黙するしかないのだ。

それはある日の午後。私たちは商品撮影でヨーロッパの街にいた。

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Anizine

¥500 / 月

写真家・アートディレクター、ワタナベアニのzine。

多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。