バーテンダーと経済学者:PDLB
僕がよく行くバーに、ひとりの男が入ってきた。50代中頃か。バーテンダーは注文されたマティーニを差し出すと、彼に話しかけた。
「お客さんは初めてでいらっしゃいますよね」
「はい。出張で来ました。ホテルに戻る前に一杯だけ飲もうと思って」
「そうでしたか。ありがとうございます。何もない街で」
「いい雰囲気の店ですね」
「ただ古いだけの店です」
この店のバーテンダーは30代だが、落ち着いていて作法をわきまえている。あまり余計な話はせず、かと言って黙り込んでいるわけでもない。丁度いい距離感を持っているのだ。だからこの店に来る。
その客が初めてこの街に来たことを察知したのだろう。緊張を解くために、いつもより多く話しかけているのかもしれない。
「学会があってね」
「ああ、そういうお仕事なんですね」
「ええ。堅物で」
「差し支えなければ、どんな分野か教えていただけますか」
「あまり面白くはないと思いますよ。考古学とか海洋生物学なんかだと冒険っぽくて、聞いていて楽しいんでしょうけど」
「そんなことないですよ。僕らは毎日この地下の狭いカウンターの中にしかいないんです。外の世界をお客さんから聞くのは大好きですよ」
「そうですか。でもたくさんの人が来るでしょうから、楽しそうですね」
「はい。知らない世界の話を聞くのはとても楽しいです」
「消費行動学というんですが、その中の『消費文化理論』というのを専門にしています」
「そうですか」
「まだまだ未熟な分野なんで、これからですね」
「最先端はやはりアメリカですか」
「そうですね。消費文化そのものがアメリカの独壇場ですから研究も進んでいます。ヨーロッパでもやや方向は違うんですが数人の優秀な研究者はいます」
少し離れた席に座っている僕は、その話が何のことかさっぱりわからなかったが、バーテンダーは仕事の手を止めて彼の話に聞き入っている。
「こんな話、つまらないでしょう」
「いえ、とても興味深いです。我々バーテンダーも消費行動学を理解できれば売り上げが変わるんじゃないかと」
「そうか。実地で商売をされている方にしてみれば、私の話なんて釈迦に説法かもしれません」
「で、アメリカとヨーロッパはどう違うんですか」
「はい。アメリカは1950年代から始まって、60年、70年代に大規模な消費社会に向かっていました。経済の巨大化は進んでいるのにそこに体系的な消費経済理論が存在しなかったので、ブラッカウという人がおおまかな消費行動学の基本を作りました」
「なるほど。でもその頃はすでにベトナム戦争などの反戦運動家からは、経済優先のブラッカウの態度に否定的な意見も出ていたんじゃないですか」
「はい。よくご存じで。ブラッカウの理論は今では考えられないほど環境を破壊し、途上国の低賃金労働力に依存する『帝国主義』でしたから」
「ブラッカウに反対する研究者は出てきたんですか」
「ええ。1970年代の初めに、クラックマンという人が『エシカル』の概念を取り入れた研究を推進しました。ブラッカウ・スクールの研究者たちは徹底的にそれを批判し排除しようとしましたが、時代の変化や平和運動家などの後押しもあって今でも本流としてクラックマンの考え方がベースになっています」
「ブラッカウ・スクールと言えば、ベルリーやマルカたちですよね」
「はい。しかし彼らの名が残っているのも後の過大評価だけで、当時はきわめて劣勢でした。ブラッカウの一派は、時代遅れの環境破壊者、差別主義者と断罪されていましたから。クラックマンはドイツ人ですが、彼や教え子のロイヒマンたちがヨーロッパから欧州スタイルのエシカル理論をアメリカに持ち込みました」
「なるほど、それが今の基礎になっているんですね」
「ええ。ところであなたはどうしてそんなことを知っているんですか。もしかしたら専攻していたとか」
多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。