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修行の日々:Anizine

抽象的な話になってしまって恐縮なんだけど、ただの喩え話だと思って聞いてください。ある人が紹介してくれた人がいた。「ある人」とは俺が尊敬している人で、人格と感覚を全面的に信用している。問題なのはその紹介された人だ。

俺の性格をよく知る彼がわざわざ紹介してくれたのだから、その人のこともいい人だと信じたい。ここまではいつも通りの気持ちだった。どんな人なのかをよく知りたいのでポジティブな気持ちで検索をしてみた。

その人はある失敗をしでかして、今はそこから立ち直ろうとしているということがわかった。俺は失敗のことすら知らなかった。なるほど、人格者である「あの人」は、彼が立ち直ることに助力しているからこそ俺にも紹介してくれたのだと思った。ネットで彼のことについて書かれた文章を読んだ。本人が語った言葉も引用されている。

俺はその言葉を読んで、泣いた。彼はもちろん若気の至りで失敗はしたが、もう一度這い上がろうとしてる。その過程ではいくつもの不幸があったり、人の情けにも助けられたという。その弱き者の飾らない純粋な懺悔に泣けた。

その文章につけられたたくさんのコメントを読んでいると、俺と同じように「泣けた」という意見の中に混ざって、「あの演技に騙されているやつは幼稚だ」というコメントがいくつかあるのに気づいた。

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俺の心の中にどす黒いものが漂う。「彼について本当のことが知りたい人はここを読んでみてください」とリンクが貼られている。読むべきかをしばらく悩んだのだが読んでみた。

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Anizine

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写真家・アートディレクター、ワタナベアニのzine。

多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。