今宵、我想ふのは
何故でしょう。
ワタシは幸せの絶頂にいるはずなのです。
ワタシがこの世に産み落とした最初の命は、今宵、ワタシをこの人生へと引き入れた世界に足を踏み入れるのです。
誰もが受ける恩恵ではなく、彼が夫の息子であるが故に与えられたもの。
彼は望んではいないようですが。
ワタシは彼が今宵踏み入れた世界が無ければ、彼を産み落とすことさえも叶わなかったでしょう。
いえ、でも、ワタシはこの人生を望んでいたのかさえわからないのです。
今宵、ワタシは泣いています。
自分の置かれた立場が、幸せに満ちており、何の憂いもないではないか、誰しもがそう思うだろうにも関わらず。
夫はワタシへの愛を叫び続けています。
ワタシが居なければ、夫は自分が生きていく価値を見出せないのだそうです。
ワタシはそれを只ただありがたく思えばいいだけなのです。
なぜなのでしょうか?
受け入れたくないのではないのです、夫が嫌いなわけではない。
できれば素直に受け止めたいのです。
子まで成した相手なのですから。
夫の愛に全力で応えたいのです、できることなのなら。
なのに別のことを望んでいるワタシがいるのです。
信じられない?
そんなことはどうでもいいのです。
夫の叫ぶ愛が、嘘であろうがその場凌ぎであろうが、そんな事などどうでもいいのです。
ただ、何故だか涙が溢れるのです。
何故だか別の結末を望んでいる自分に気づき、涙が溢れて止まらないのです。
ワタシの幸せは、今あるままを素直に受け入れる、それで完結するのです。
大きな恩恵の前にいます。
大きな愛をたくさんの方々から注がれています。
だと言うのに、何故ワタシはこうして涙を流し続けているのでしょうか?
ワタシは不幸を望んでいるのでしょうか?
ワタシは何がしたいのでしょうか?
ワタシは何を愛しているのでしょうか?
息子や娘達を愛すること、これはワタシの命と引き換えにしてでも惜しくない。
それなのに、ワタシはそんな息子である彼の門出の夜に何故、涙を流しているのでしょうか?
彼が可哀想?
そんなことは思っていません。
夫の息子として生まれた以上、この名誉は受けて然るべきです。
ああ、彼が今、漕ぎ出していきます。
アタシは涙が止まらない。
日が暮れて、夜が更けてゆきます。
あぁ、今宵は満月です。
月よ、風よ、波よ、彼を温かく包み込んでください。
ワタシの愛よりも大きな愛で、彼の門出を祝福してください。
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