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森、燃える

空を根元に堕ちてきたかのよう
高くそびえる緑の塔

何世代もの人のつらなりを
一瞬のように過ごしたであろう巨木を前に
吐き出すはずの息をのむ

風が吹くたび音がつくのは
この巨木があるからで
口元を隠すストールの布がはためく音は
酷く小さい

怖れる私に目をやることをもなく
鳥は枝々に止まり
昨日は陽射しを避け
今日は雨を避けている

空を根元に堕ちてきたかのよう
高くそびえる緑の塔

空の向こうの根元を探し
枝々の鳥を眺めながら目を落とす
恐れながらも地を這う根に寄りかかり
濡れていない土に尻を付ける

やがて怖れは異形と安心に変わり
強さを増す雨音にかき乱されることもなく
抱えた膝に頬をのせ、目を閉じる

風に更に大きな音がつけられると
黒い雲をも引き寄せて辺りは夜のようになる

刹那、轟音と共に空は瞬きのように光る
驚きに心臓が大きく跳ねた反動で
天地の向きも分からぬほどに
近くの岩場まで枯れ葉のように飛び出すと
巨木を真っ二つに裂いてみせた
枝々の鳥たちが空の黒をまとったように
焼けて堕ちてくる

理非の区別もつかないそれを
呆けたように眺めるしかなく
風に吹かれて枝から手を放しそうな
葉のように震え続けた

獣たちが土を響かせて森を横切ってゆく
幾日か経って森は完全に燃え尽きた



ノマドシリーズ


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