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反復練習信仰の罠。柔術における反復練習の意味(全文無料)

 今日も今日とて柔術は楽しい。今日は反復練習の話。

 反復練習がダメ、という話ではないです。思考停止してそれだけやっていても身に付かない能力がある、という話です。


1.日本の反復練習信仰

 日本の練習は反復練習信仰があります。正拳突き千本!素振り千回!千本ノック!みたいな。これ自体は否定しません。反復は効果的な練習です。

 分かりやすい例だと、ダーツの練習などは反復練習で精度を上げる最たるものでしょう。理想は「同じ動きを何度も再現できる」です。野球の投球、サッカーのPK、バスケのフリースロー、ゴルフのスイングなども同様です。

 では柔術でそれがあてはまるでしょうか?

2.柔術の動きの特徴

 柔術の動き(組技格闘技)の最大の特徴として、「相手の体ありきで動きが成立する」というものがあります。その中でも特に寝技はそれが顕著です。野球もサッカー、空手も相手ありきではあるのですが、その動作自体は独立しています。

 柔術は相手の体を使って動きます。パスであれば相手に支えてもらう形で体重をかけます、ガードでも相手の体を引くことでその形が成立します。相手がいなかったらパスは地面に頭からつっこむ謎の動きになりますし、ガードは手足が空を切る謎の体操になります。(イメトレ的なソロムーブでそれをやることもある)

 打撃系格闘技でもそれはあるのですが、組技ほど顕著ではありません。空手には型があり、それは一人で成立します。しかし、柔道の型に一人で行う型はありません。・・・たぶん。あったらごめんなさい。

3.柔術の重要な能力

 相手がいることで成立する攻防が組技です。となるとどうなるか。柔術の動きとして重要な能力は「アドリブ力(りょく)」ではないでしょうか。相手がどう動くか分からない実戦で同じ形は一度もありません。それに対処する力が柔術では必要です。

アドリブ力っぽいもの
・アジャスト力
・調整力
・臨機応変に対応する力
・相手の姿勢や重心や狙いを読みとる力
・状況把握力
・シチュエーション対応力
・危機察知能力
・チャンス察知能力
・誘導力(相手を動かさせる力、動かさせない力)
・反応させる力、反応させない力

 アドリブ力でも2種類あると思います。

 ①「自分の狙い通りの展開へ誘導する力」
→相手の反応に合わせてアドリブで調整して自分の得意の形に持っていく

 ②「その状況で臨機応変にベストの技を選択する力」
→相手の取るアクション・リアクションに対してベストな技を選ぶ

 ①がめちゃくちゃ強い人もいるし、②の人もいるし、両方できる人もいます。「分かっていても取れる必殺技」を持つ選手は①です。

4.柔術の練習の目的

 ではそのアドリブ力を鍛えるにはどうしたらいいか。それがスパーでの情報収集(データ収集、ストック集め、実験検証)です。

 アドリブと言っても毎回その瞬間にゼロから考えているわけではありません。似たようなシチュエーションや知っている攻防や技などの引き出しを組み合わせてアドリブします。

 アドリブをするときの材料(引き出し)になるのが、スパーで集めたデータです。 打ち込みだとそのデータ収集が難しいです。

 スパーではいろんなデータを集めて自分の引き出しを増やして試合での「その時にしかない攻防」のアドリブで使います。

5.反復練習も大事だけど。。。

 同じ形を再現するための反復練習では「アドリブ力」を鍛えることが難しいです。例えばネテロ会長ばりに感謝のエビを1万本やってもだれからもエスケープできるディフェンスは多分身に付かないです(そもそもガードリテンションでエビしないほうがいい)

 打ち込みやソロムーブもとても大事な練習ではあるのですが、「できる動きを何回も繰りかえす」という練習は柔術ではあまり効果的ではないことが多いです。

 ※「できるつもりになっているけど動きの精度が低い人」はいる。そういった場合はまず打ち込みで動きをできるようにする。

 また、反復練習の弊害として「その同じ形を再現しようとしてしまう」ことがあげられます。スパーではその都度アドリブで調整する必要がありますが、反復練習の形が正解だと思ってしまうと、その形に持っていこうとしてしまうことがあります。

 例えば下からの腕十字の打ち込みを同じような形で100本正確にできることは技の精度を上げる練習としては大事ですが、実際のスパーや試合では手や頭の位置、重心がその都度ズレます。そのズレをアドリブで調整して極めるのが大事です。そのアドリブ力は反復練習の打ち込みでは身に付けるのが難しいです。打ち込み100回やるよりもスパーの中で1回アジャストすることの方が成長につながることもあります。

  打ち込みとソロムーブの反復練習が有効ではない、ということは言っていません。打ち込みは効果的な練習です。「動きを覚える、動きのキレを出す」という目的のためにドリルを何度もやることは大事です。それだけでは身に付かない能力(アドリブ力)があり、その能力は柔術において非常に重要だという話です。

 打ち込みだけではダメ、スパーだけでもダメ。

 実際、加古拓渡先生、芝本幸司先生などはスパーを重視する旨のことを話していました。MMAだと青木信也選手も同様のことを話していました。スパーは組技に必要なすべてを賄えます。その他の先生でもスパーでのアドリブやアジャストを重視することを話す黒帯先生は多いです。(何度も言いますが、打ち込みが効果的ではない、ということは言っていません)

6.柔道やレスリングの打ち込み文化

 同じ組技でも柔道やレスリングの打ち込みは、立ち技は足が自由に動いて独立した動きになることが打ち込みを多く行う大きな要因だと思います。正確に同じ足運びをできることが立ち技では価値が高いです。

 また、柔道とレスリングは全体的に選手の年齢が若く練習時間を大量に取れるため、打ち込みに長い時間を使える。そのため打ち込みをやる文化が競技に定着しているといった側面もあると思います。

 柔術は競技者に社会人が多く年齢も高めで練習時間が限られているため、限られた練習の中で成果を出すことを考えるとスパー中心になる、となっているのかもしれません。

 練習時間が長く取れる人で打ち込みを大量にやる一流選手もいます(佐々選手、湯浅選手、金古選手など)。アメリカの道場の専業選手はドリルをかなりやりこむそうです。

 同じ立ち技でも相撲は技研究や打ち込みといった稽古をあまりやらずにスパーリング(相撲ではスパーリングとは言わないですが)の中で技を練ります。柔術の技術もそれに近いものがあると思います。

7.初心者と強者の特権

 初心者の方はそもそもソロムーブと打ち込みができないのでスパーよりもそっちを優先しましょう。打ち込みが効果的ではないのは「できる動きを何度も繰り返す」場合です。動きがそもそもできない初心者は打ち込みをやるべきです。

 強い人は「スパーの中で打ち込み」が可能です。リアルなリアクションの中で技の練習ができるならそれがベストですが、これは「強者の特権」。強い選ばれた人だけの選択です。とはいえ青帯くらいになれば白帯相手に新しい技を試すくらいのことはすると思います。

8.考えて稽古しよう

 「スパーと反復練習のどっちの方が大事か」という短絡的な考えでやると視野が狭まります。

「基本が大事、とにかくたくさん打ち込みだ!!!」
「打ち込みよりスパーの方が大事、スパーだけやっていれば十分」

のように思考停止するとなかなか成長が難しいです。考えてやりましょう。

 反復練習もスパーも両方大事です。今の自分に必要なモノは何か、そのために必要な練習は何か、考えて稽古しましょう。

 反復練習信仰で柔術をやって成長が感じられない方が、この記事を読んで練習の仕方を考えるきっかけになったら嬉しいです。

2024/5/7 アンディ

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