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米津玄師「LADY」カタルシスと開放

米津玄師「LADY」のMVを見て驚いた。
これはなんだ。
すっかり開放されているではないか。

まるで黒天使(米津玄師ファンに怒られませんように)がカタルシスによって漂白され、白天使に転生したようだ。

https://youtu.be/DdF-u3fe5pg


米津玄師といえば間違いなくJ-pop界のトップランナーであり、期待値以上の数字を叩き出すヒットメーカーである。タイアップ作品や様々なアーティストとの交流、コラボ作品も多くありながら、どこか孤高の詩人のような雰囲気も漂う。

美しく良質なPOPソングを編み出すシンガーソングライターというだけではない。彼の個性に基づくものだろうか、強烈なコンプレックスを乗り越えようともがき続ける陰鬱さ、大衆に牙をむくようなシニカルさも併せ持つマルチクリエイターでもある。


「ほら、アンタらはこういう歌(こういう俺)が好きなんだろ。世間が欲しがっているもの、くれてやるよ」

的な、どこか冷めた視線。

前髪で右目を隠したスタイルが彼の持ち味だったが、「LADY」のMVではついに「両目開眼」と騒がれた。穏やかな表情でまっすぐ正面を見据え、白日の下に顔を晒している。



どれだけヒットを飛ばそうと、J-pop界で不動の位置に収まろうと、彼は米津玄師という道化を演じているだけ。素の自分は「どうせ誰にも理解できないだろうよ」とばかりに背を向ける。

大衆に迎合しているようで、背中を向ければ舌を出して鼻で笑っている(ような)米津玄師。その飄々とした姿と、独自の人生哲学から紡ぎ出されるひりつくような文学的歌詞に惹かれる人も多いのだろう。

だが今回のLADYでは良い意味で

「大衆に期待される米津玄師」
「みんなが大好きな米津玄師」

を脱ぎ捨てた感がある。闇に潜み刺々しく理論武装したオオカミが牙を抜かれ、まるで陽だまりで無邪気に遊ぶネコになったような印象だ。

「海の幽霊」「PaleBlue」も米津にしてはPOPで軽やかな曲調だった。この2曲に関しては藝大出身のアレンジャー坂東祐大の影響も大きいだろう。だが今回の「LADY」では鍵盤色の薄いイメージだった米津の楽曲が大きく変容したように思う。


ふんだんに使われたピアノの音色、軽やかなPOPSにみられるクリシェ(半音階進行)、転調、ホーンアレンジなどでオシャレな「ごくふつうのPOPS」に仕上がっている。

クラシックやジャズの素養が高い江崎文武が参加していることは特筆に値する。だが正直言ってピアノとクリシェの遣い手である藤井風的な要素や、ブラックミュージックに精通した星野源のようないわゆる「J-popトレンド」の「黒さ」と歌謡曲にみられるような「わかりやすさ」が満載だ。


MVではガソリンスタンドで働く米津玄師。
奇抜な演出やCG、派手な衣装も無く、ただただ一歩を踏みしめながら、ゆっくりと日常を刻んでいく米津玄師……。

何とも「ふつう」ではないか。

「LADY」の楽曲とMVは、従来のトリッキーでウイットの効いた米津節に慣れ親しんだリスナーには、若干の違和感があるかもしれない。だがインタビューを読む限り、米津も転換期を迎えているのではと想像する。



楽曲発表のときのコメントでは

「平坦な生活からほんの少しだけフケられたらいいなという気持ちを音楽にしました」

とあった。
その軽やかな意思表示は、ビジュアルにも顕著に表れている。これまで頑なに隠し続けた右目を露わにし「両目開眼」することで自己開示したのだ。

彼は新しいステージへ一歩、踏み出したとも言えるかもしれない。

POPで洗練された中にも、どこか屈折した生臭みが漂うのが米津らしさとすれば「LADY」には物足りなさを感じるリスナーもいるだろう。
だが「LADY」を聴いて感じるのは、日常からの逸脱とカタルシスだ。



ごくありふれた”平坦な生活”って本当は当たり前じゃないんですよね。だからすごく窮屈でもある。米津玄師だって、たまには「フケて」異国の地へ遊びに行っちゃってもいいんじゃないでしょうか。
いつだって”米津玄師らしく”実直にシニカルであり続けようと思わなくても。

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米津玄師についてnoteで単独記事を書くのはこれが初めてです。どうして書く気になったかというと「LADY」が、これまでの彼の曲とは異なりピアノをふんだんに使ったアレンジだったことと、単純にいい曲だったからです。
あとはMVのロケ地がキタニタツヤの「白無垢」(これまたピアノが印象的な名曲)と同じだったことも。
ただそれだけ。




米津玄師については過去にもう1本書いていた


藤井風についての52本



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