創作童話『箱いっぱいの花』
遠い遠い、小さな街のお話です。
その街では、子どもたちは3歳になると大きな箱が与えられます。
山の妖精たちが、それぞれの家に届けてくれるのです。
箱は、8歳になるまで開けられません。
8歳の誕生日の朝、箱を開けると、そこには箱いっぱいに花が咲いているのです。
子どもたちには、その花にちなんだ名前が与えられます。
8歳になるまでは、本当の名前の代わりに、花とは関係のない名前で呼ぶ決まりでした。
そんな不思議な街に、凛ちゃんという女の子が住んでいました。
凛ちゃんは、明日で8歳になる女の子です。
凛ちゃんに与えられた箱はベージュ色で、赤いリボンがかけられています。
凛ちゃんは8歳の誕生日を心待ちにしていました。
おとなりのお姉さんの花は、桜でした。
お姉さんはさくらちゃんと名付けられました。
お向かいに住むお兄さんの花は、ネモフィラでした。
お兄さんはあおいくんと名付けられました。
わたしの箱はどんな花を咲かせるんだろう。
凛ちゃんはワクワクしながら眠りにつきました。
次の日、凛ちゃんはお友達をたくさん呼んで、家でパーティを開きました。
凛ちゃんのお母さんは、素敵なご馳走を用意しました。
これも、この街のならわしです。
箱を開ける日には、ご近所さんを呼んでパーティを開くのでした。
「凛ちゃん、箱を開けてみようよ」
一番仲の良い友達がソワソワしながら言いました。
他の友達も、目をキラキラさせながら待っています。
凛ちゃんは部屋から箱を持ってくると、リボンを丁寧にほどきました。
みんなが凛ちゃんを見ています。
「それじゃあ、開けるね」
凛ちゃんが箱を開けると…
「うそ…、どうして…?これはなに?」
凛ちゃんの箱の中身は、枯れて茶色くしぼんだ花でした。
カラカラに乾いて、なんの花だったのかも分かりません。
あんなに楽しみにしていたのに、花は凛ちゃんに本当の名前を与えてくれませんでした。
凛ちゃんの目からポロポロと涙がこぼれました。
友達もあんぐりと口を開けて、何も言えません。
「みんなごめんね。パーティは終わりにしましょう」
凛ちゃんのお母さんは、申し訳なさそうに言いました。
バイバイ、という友達を見送ることもできず、凛ちゃんは泣きながら箱の中の枯れた花を見つめていたのでした。
その夜、凛ちゃんはなかなか眠れませんでした。
箱の花を忘れようと思いましたが、どうしてもぐるぐると考えてしまいます。
「わたしはずっと凛ちゃんなのかしら。わたしの本当の名前は、なんだったのだろう」
また涙が出てきそうでした。
すると、キィーっと窓の開く音がしました。
凛ちゃんが驚いて窓の方を見ると、トコトコと、小さな妖精たちが5人、部屋の中に入ってきたのです。
凛ちゃんは「あ!」と声が出そうでしたが、妖精たちに気づかれてはいけないような気がして、言葉を飲み込んだのでした。
そしてじっと、妖精たちの様子を伺うことにしました。
妖精たちは、凛ちゃんが部屋の隅に置いたあの箱に近づいていきました。
「誕生日を忘れるなんて、うっかりしているなぁ!」赤い妖精が言いました。
「きっとこの子、とっても悲しかったに違いないわ」青い妖精が、枯れた花を見て寂しそうに言いました。
「わたしたちでとびきり綺麗な花を咲かせてあげよう!」黄色い妖精はそう言うと、えいっと両手を広げました。
すると、どうしたことでしょう。
枯れていたはずの花が、綺麗な黄色いチューリップに変わったのです。
「やや、きみだけずるいな!僕だって!」
赤い妖精がそう言ってえいっと両手を広げると、チューリップの一部が綺麗なカーネーションに変わりました。
「それじゃあ、わたしも!」
白い妖精がえいっと両手を広げると、白いアネモネが咲きました。
「みんなの花、きれいだねぇ」
むらさきの妖精も、そう言ってえいっと両手を広げました。箱の一部がむらさきいろのパンジーに変わりました。
「最後は、私だね!」
青い妖精がそう言ってえいっと両手を広げると、ワスレナグサが咲いたのです。
凛ちゃんの箱は、色とりどりの花でいっぱいになりました。
「みんな、ありがとう!すごくきれい!」
その様子を見ていた凛ちゃんは、思わず妖精たちに声をかけました。
妖精たちはハッと凛ちゃんの方を振り向くと、スタコラサッサと窓から逃げてしまいました。
「あ、待って!」
凛ちゃんは急いで窓の方に駆け寄りましたが、夜空に星が輝いているだけで、妖精たちの姿はどこにもありませんでした。
凛ちゃんは振り返って箱を確認しました。
5色の花たちはしっかりと咲いています。
凛ちゃんは箱を持ち上げて、そっと抱きしめたのでした。
次の日の朝、凛ちゃんはまだ眠っているお母さんを起こして言いました。
「お母さん、お母さん!私の花、咲いたよ!妖精たちが咲かせてくれたの!」
凛ちゃんがお母さんに箱を見せると、お母さんは目をまんまるにして驚きました。
「まぁ、こんなにたくさん!」
「素敵でしょう!」
凛ちゃんはニコニコしていましたが、次には困ったような顔をして言いました。
「わたしの本当の名前は、何になるんだろう。こんなに花がたくさん咲いていたら、決められないわ」
すると、お母さんはやさしく言いました。
「あなたの名前は凛よ。この花たちのように、いつも凛としていて素敵だもの」
お母さんはそう言って凛ちゃんを抱きしめました。
凛ちゃんは、嬉しくって笑いましたが、不思議と涙もこぼれました。
凛ちゃんの顔はまるで、朝露がはじけた花のようでした。
おしまい
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?