《木曜会:5月2日》
木曜会の当日、ChatGPT魔改造に励む冷泉よりLINEのグループメンバーに対して意味深な投稿がされる。
GW連休の前ということもあり、すでに北浜辺りでは人通りが少なくなっている。ヒゲの男の会社においては、この連休が明けてからの仕事量は容赦ない。なぜなら日本全国の津々浦々で田植えが始まるからだ。かといって苦ではない、自分たちが口に入れるもののトレーサビリティをこの目で見て、日本の農業で”今、何が起きているのか”を知ることによって、地に足がついた感覚が得られて楽しい。
また他方で、冷泉たちとのDX化推進の話しなども面白い。農業の「知」とITやAIの「知」を融合させて、より効率的で高能率な農業をしていこうと農水省が旗振り役となり、せっせと施策を打ち出している。『食料安全保障』を担保することがその大義名分となっているのだが、課題は山積している。
意識の高い農業従事者はIT業界の人間のように見られたがり、その逆にIT業界の人間は農業従事者のようになりたがっている。つまり、今のところまだまだ真の融合はできていないのだとヒゲの男は考えている。それについては、時間が解決するのか本当の危機が訪れて気づくのかわからないが、日本農業という名のオーケストラはまだそれぞれのピッチが合っていない。
イスラエルだ、オランダだと最先端農業を参照するのは良いのだが、イスラエル・フィルには砂漠化した不毛な大地ならではのピッチ、ロイヤルコンセルトヘボウ管にはオランダならではのピッチが存在する。日本農業のあるべきピッチを教えてくれるのは、案外、アウトサイダーの人間かも知れない。
政治的アジェンダを設定することが出世への道となっているこの国では、まだまだ、言えないことや口にしてはいけないことが沢山あるのだ。特に日本の農業においては。ヒゲの男は解決策や対案を今のところ持っていない。
そんなことを考えながらコロマンサへ行く。顔面がぐちゃぐちゃだと宣言した冷泉と採用マーケの男がすでに来ている。冷泉の顔が全然ぐちゃぐちゃになっていないので拍子抜けしたが、どういうことなのか理由を聞くと「あ、僕、目の下の涙袋を切除しました」と、教えてくれた。
術後間もないので安定していないのだろう、冷泉の瞳は、やけに二重でキラキラしていて気色悪かった。ヒゲの男は早速、採用マーケの男に人材を探していると相談する。今週、会社の人事採用において一波乱あったばかりのヒゲの男としては、採用マーケのセカンドオピニオンでありたいという信念を持つ専門家が知り合いにいることは非常に心強い。
さて、いつの間にか入店していたファラオは驚くことに自作のアナログゲームを持ってきていた。デザインもガタガタ、質感もグズグズ、フォーマットもどこかで見たことあるようなカードゲームであったが、ここにはファラオを含めて三人のアナログゲーム賢者の知恵が詰まっていると教えてくれる。
また、ファラオは先日ラジオにゲストとして生出演した際に「生放送で自分の好きな曲をかけることができたので、アモさんの曲を流そうと考えたんです」と嬉しいことを言う。確かに4月24日、ファラオからヒゲの男に向けて唐突なメールが来ていた。
前段も経緯なども一切排除された、この朴訥な質問はファラオの人柄をそのまま表している。ヒゲの男は『柵から逃げ出し亡命する軍馬のはなし』だと回答した。
「いや、そういうことだったのか。曲をかけてくれて光栄だよ」(ヒゲ)
「それが、手元にCDがなかったのでできませんでした」(ファラオ)
「あ、そう」(ヒゲ)
北浜の青山ビルでギャラリー遊気Qを経営する銀髪の女もやってくる。あくまで噂の話しではあるが、嘉永6年にペリーが東インド艦隊の蒸気船などを率い浦賀沖にやって来た際、「アレは黒船だ!」と日本で最初に声を上げて表現したのは、このギャラリーの女であると北浜界隈では囁かれている。
この女も涙袋が大きいので切開してみたらどうかと冷泉は訊ねるが、今さら面倒くさいと一蹴された。しばらくして、冷泉と一緒に道場を主宰する格闘家の男、映像ディレクターのタケちゃんも狭い階段をのぼって入店してくる。ここで、いよいよファラオと仲間たちが制作したゲームが盛況を迎えることとなった。
無類のプロレス好きであるタケちゃんは狂喜する。そして彼の天性の才能であろうか、ジェスチャーが非常に巧みである。徒手空拳であるにも関わらずタケちゃんのプロレス技のジェスチャーでは、相手が見えるかのようであったのには驚いた。ヒゲの男は面白くなって、次々に技のカードを彼に見せて、ジェスチャーを楽しむ。
タケちゃんは額から汗しながら必死に与えられた課題に取り組む。猫の額のように小さな店は、ドンドンガタガタとやかましい。
例③の『足4の字固め』において、格闘家の男が冷泉に話しを振る「これ、痛くなさそうに見えるでしょ」と、冷泉は反射的に「うん」と相槌を打ってしまう。格闘家の男は冷泉を寝そべらせて、技の解説をしながら黒いIT参謀を固めていく。
「痛い、痛い、痛い!」と冷泉は叫び、格闘家の男の太ももをシバく、この一連の模様があまりに痛快でみんなで笑い転げたのだが、ギャラリーの女はアホくさくなったのだろう、いつの間にか木曜会からいなくなっていた。
そんなギャラリー遊気Qでは、5月15日(水)まで『猫化:NEKOBAKE』なる企画展をしており、約30名の作家・画家などによる「猫」をテーマとした作品の展示販売をしている。
その後、船場センタービルで食事を終わらせてきたアマビエとスムージー屋を経営する女、さらには世界の果て会計事務所のガースー、芸能プロダクションのSSKMAYK氏らが木曜会にやってきて、役者が揃うカタチとなった。
ヒゲの男は来場者に問う、最も人気のあるスムージーに入れる食材は何なのか。正解はもちろんスムージー屋の女から明かしてもらう形式だ。
・マンゴー
・リンゴ
・キウイ
・バナナ
・モロヘイヤ
・オレンジ
各人が思いつくままに答えていくが、それら全てが違うという。いよいよ自分に回答権がまわってきたと知った冷泉は「ハッ」とした顔をして、心に浮かんだ答えを咀嚼するように、ゆっくり答える。
「角のハイボール、ですか」
涙袋を失うことで、天啓を手に入れたのであろうか。この日の冷泉は絶好調であった。
「当てにいっていいですか、炭!チャコール」と、飽和したクイズ番組をすぐさま一件落着させてくれたのはアマビエであった。正解。どうして正解がわかったのかとヒゲの男はアマビエを問い詰めたが「ここのお店のメニュー見たことあるもん」と腑に落ちる応答。ズルい。
アイドル業界に一石を投じたいと考えるSSKMAYK氏は、アイドルの新規の曲をヒゲの男に依頼しようかどうしようか考えているそうだ。もしも取り組むのであれば、怖ろしいほど呪術的で金属の素地にガラス質の釉薬を溶かし込んだような曲を作りたい。音楽の七宝家(クロワゾニスト)と言わしめるような曲だ。
木曜会を終え、ギターを背負って夜道を歩いていると、何かひとつ大事なことを覚えると何かひとつ大事なことが失われていくような気がした。
ヒゲの男の爺ちゃんが列車に轢き殺されてから49日が経ったあと、婆ちゃんは海辺近くの田んぼで業火の前にいた。何をしているのか聞くのが恐ろしかった。爺ちゃんの服、仕事のもの、それらあらゆるものに火をつけて焼き尽くしていた。
人間がこんなに哀しいのに、海があまりに碧かった5月。
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