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大晦日なのに詩の冗長さについて私がやったことを書く。

人生経験と視野の幅、生まれた場所などによって
人の「当たり前」は
大きく異なると私は感じる。
(テレビ「ケンミンショー」がわかりやすいかな)

例えば
仕事の職種などをまだ聞いてない相手に
お昼休み時間に電話をすることになった。
「お昼休みは12時から1時迄?」
これを確認出来る人はごく稀だ。

言葉というのはこういった
多くの人が「当たり前」に思っている
文法や記号的やらも含めた
危うい共通認識で成り立っていると私は思っている。

私は接客業が長かったせいか
人がいかに本音を話さないか、その場の気分で言葉を発するか、
目の当たりにしてきた。
話し言葉より一瞬の態度のほうが本音が現れやすいことも
痛い思いをいっぱいして顧客に教えてもらった。

そのせいか、生まれた環境なのか
言葉をあまり信用していない。
だから
考えて時間をかけて体裁整えて届くLINEやメールもあまり好きでなく、
友人とは特に電話を好む。
気配で本音がうっすら汲み取れる時があるし咄嗟は取り繕えないからだ。

言葉を信用してないから文法や記号的ルールもあまり興味が湧かなかった。
法則でなくとにかくコア(核心)は伝えたいが気になり

はたまた文法が苦手だったせいか
(こっちの原因がほとんどなんじゃないんかい!)

詩を書く時
冗長になりやすい。

冗長 述べ方が長たらしく
   無駄が多いこと。

我に返ると
話す言葉、LINEやメール 行動に至る迄
私は冗長だ。しょんぼり。

橋本治が相手に誤解を与えたくないと思う人ほど文書が冗長になりやすい。
そういう人はたいてい優しい。
自分もそうだと書いていて救われた気持ちになったことがある
(いや、同じじゃないんよ安心するな私)

詩に影響している。指摘も何度も受けた。
修正したい。と本気で思った。
本を読むだけでは甚だ不安だし時間がかかると思った。


結論から先に書くね。
まだ、残念ながらなおってない。
(ずっとnote読んでる人にはいわずもがなー!なぜあえて書く😆)

しかしチャレンジしたことがあるぞ本気で。
かなり昔だけど
副業として週4テレアポバイトをした。

行動が意識を変えるように
話す言葉は書く言葉に派生するので
(私はそう考える)
時給もらいつつ冗長をバンバン指摘していただこう。
話し言葉が矯正できれば詩にも影響出るはず~!
(ザ・一石二鳥。)

職場は厳しい。
仕事だし売れないと困るから忖度一切なし。
本気のダメ出しをもらえるのだ。

派遣からテレアポ営業で一日3時間程度の副業
研修後最初からそこそこ契約を取れたので
マネージャーも熱が入った。
「無駄な話が多い。顧客に誤解を与える表現もたまにある。それらを省いて簡潔な表現にしたらもっともっと契約数が伸びる」

そうそう、それを求めてたのよ~🎶

真面目で(昔はつまんないと好きじゃなかった自分の性格。
今はこの真面目さが私を支えてると思って大好きだせ)
仕事に対してはプロ意識のある私は
しっかりそれを実行していった。

約三か月半。

もくろみは外れた。
マネージャーもびっくり。
私なんてもっとびっくり。

文言簡潔やで。
教えてもらった通りの誤解ない言い回しオッケー出てから使ったで。
トークは全部チェックしてもらい済みやで。

むしろ、契約数ちょびっと下がっとる………。
モチベ、落ちてない。元気、落ちてない。
伝える自信、落ちてない。

な・ん・で・やねーーーーーーーん!!!

理由がわからなかった。考えた。
なにが違うんだろう。
冗長さは間違いなく営業トークでは矯正できていたのに。

その時私が導いた結論。
自分の奥から出てない言葉を話していたこと。
借りてきた言葉を話していたこと。
それゆえ、芯からは楽しくなかったこと。

冗長さのなかには「私の声」もあったのだ。

顧客は馬鹿じゃない。
営業トークと
「私の声」の違いを察知し心を動かさなかったのだ。
(人は相手の何かに心が動くからこそ契約するのだから)

それから私は作品で冗長さを無理に消そうとすることを止めた。
欠点を意識するより「自分の声」をさらに意識するようにした。

しかし、
最近YouTubeで最近契約トークをよく聞くのだ。

もぉ、冗長な人のトークの聞きにくいこと聞きにくいこと。
よかれと思っての尾ひれトークは相手の身にちっともなってない。

パッションは超大事。しかし頭は常にクールに俯瞰できていないと。

作品もそうだ。そうでないと
優れた作品にはなり得ない。

聞いてる営業トークで今痛いほど再認識させられている。

ちょっと諦めが早すぎたんじゃない?
もう少し詩の冗長さにメスを入れていってもいいんじゃない?
いい塩梅まではいかなくても
成長は出来るんじゃない?
そう思い始めている。
リベンジ・チャンース!

好きなものを書いていいよと人は良く言う。
だけど
好きなものを好きな感じでだらだら書いていて読む人が飽きて減ったら
フォロワーさん変に増やしてもコメント伸びなかったら
少ない人にしっかり読んでもらいたいと変な期待をかけちゃったり
自分のモチベーションも低下したりする。
多分私はそう。人は知らんけど。

作品で読み手を飽きさせないように努めることは
(投稿頻度だったり投稿内容だったり色々工夫はいるよ)
結局、自分のためでもあるのだ。

2024年に向けて 
網野杏子は
動物的には当たり前に老化していきますが
人間的にも作品的にも進化していきたいです。
今年は大変お世話になりました。
皆様来年も、どうぞよろしくお願いいたします。

よいお年を~~~(*^-^*)

※画像は大好きなコーギー犬がタキシード
着てるからお正月ぽい♪と思って選んだけど
そこが入りませんでしたー(蝶ネクタイでタキシード)


                       (おしまい)

アンビリーバーボーな薄給で働いているのでw他県の詩の勉強会に行く旅費の積立にさせていただきます。