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はずされていた、左手薬指の指輪

ユウヤとつかず離れずの関係が続いていたある日、私は偶然、絵画教室でできた友人と出くわします。そこで彼女の口から、ユウヤの名前が……。そのあと出てきた言葉に、私は耳を疑います。

絵画教室時代の知人との出会い
そこで耳にした、聞きたくない話


仕事帰りにスーパーに寄り、買い物をしていたときのことです。「あれ?天宮さん?」と声をかけてきた女性がいました。

絵画教室で一緒だった、由美子さんです。私が絵画教室をやめて1年経っていましたから、彼女に会うのも1年ぶりです。

たわいない近況報告。
そして突然、彼女はこう言いました。

「そういえば、吉沢先生のことなんだけど……」

私は一瞬、びくっとしました。吉沢先生というのは、ユウヤのことです。

「あの人、結婚したのかな。こないだ見たら、左手の薬指に指輪してたよ」。



由美子さんの話によると、ユウヤが指輪をはめだしたのは、2.・3カ月前からだといいます。しかし、結婚したという話は本人からは聞いていないとのことでした。

<ユウヤが…結婚?>

一瞬、嫌な予感が頭をよぎりました。でも、ユウヤは相変わらずうちに来ていますし、私に愛の言葉をささやいています。

きっと、ファッションリングだよね。今時の男性は、どの指につけるとかあまり気にしないって言うし……。

私はそう考え、不安を頭からかき消そうとしていました。


「ずっとさみしかった」
そんなユウヤを振りほどいた夜


その次の日の夜、ユウヤがいつものように、うちにやってきました。そして、玄関から入って来るやいなや、後ろから私を抱きしめ、こう言ったのです。

「……ずっと、さみしかった」

私は抱きつかれたまま、一瞬凍り付きました。そんなことをされたのは、この日が初めてです。

次の瞬間、私は反射的に、彼の腕を振りほどいていました。

「まだご飯の支度の最中だから……」。

振りほどかれたユウヤも、驚いたようすで立ち尽くしています。

私はふと、ユウヤの左手に目をやりました。

その指に、指輪はありませんでした。


いつものようにひとりでゲームをするユウヤを横目に見ながら、私はずっと考えていました。

ユウヤが結婚? まさか、あり得ない。

モテるタイプじゃないし、モラハラだし、低所得のアルバイトだし。結婚なんてできるわけない。

私は彼のことを、そんな風に思っていたのです。私自身もユウヤと結婚するなんてことは、一度も考えたことがありませんでした。刹那的に過ごす相手としてはいいけれど、これから先、人生を共にする相手だとはまったく思っていなかったのです。

私のユウヤに対する感情は、本当に不思議でした。好きだったのか、それさえも謎です。私も自分で自分の気持ちがまったくわかりませんでした。ただ、離れられなかった。それだけなのです。

私がぐるぐると考えていると、テレビで突然、ブライダルのCMが流れました。するとそれを見たユウヤが突然、こうつぶやいたのです。

「あー、結婚かー……」

なぜそんな言葉を放ったのか、まったくわかりません。

その瞬間、私は彼の言葉を遮り「あー、結婚ねー。私は全然したいと思わないなぁ、なんかさ、いろいろ大変そうだし、最近は結婚しない人とかも多いじゃない?」とまくしたてました。

なぜそんなことをしたのか、自分でもわかりません。

ただ、ユウヤが次に何を言うのか、怖かったのだと思います。

怖すぎたから、遮ったのです。

ユウヤは
「ふーん、そうなんだ……」とだけ言い、またゲームに目を落としました。

今思えば、あのときユウヤは、私に結婚したことを話そうとしていたのかも知れません。

言わなければ…と思っていたのでしょう。

でも、私がその出鼻をくじき、彼は私に事実を言う機会を失ってしまいました。そしてとうとう、あの、誕生日の日がやって来るのです。






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