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【声劇台本】Mercy Flower



Mercy Flower(マーシー フラワー)

一つ一つが変わっている
形も色も、みなちがう
だから花は美しいのです

「灼炎の焔」シリーズ作品
4人(男3:女1兼ね役有)
40分程度

男役は、女性が演じても可
ストーリー展開が崩れない多少のアドリブや言い換えは可
良かったらどうぞ


キャラクター

・慈悲(じひ) 男

 金髪に白い騎士装備
神帝国第4支部を任されている
名前付き寡黙で真面目系の正統派騎士
騎士剣術(きしけんじゅつ)を主に使う

・ティナ  女

明るめの茶髪に白いワンピース
第4支部の支部長
花を愛する優しい心の持ち主
神帝の血は引いているお姫様であるが
神帝の居る帝都暮らしではなかったため、神帝の事やその周りの事をほとんど知らない
キリア役と兼ね役

・狼護(ろうご) 男

灰色の髪に、黒い着物のような戦闘装束
突如、第4支部に現れた、大和の人間を名乗る青年
ティナの命を狙いに来た
陰気、無気力系という印象だが、神帝国に恨みを持っていて、時折感情をあらわにする
風闘術(ふうとうじゅつ)を使う

・輪廻(りんね)男

白めの髪に少年顔
だぼっとした奇怪な騎士装備
慈悲と同じ、神帝国の名前付き
不真面目で、時折怖い一面を見せるが、仕事はこなす
念槍術(ねんそうじゅつ)を主に使う
序盤、騎士団兵役を兼ね役でお願いします

・キリア 女

物語終盤に登場
行方不明になっていた、名前付き候補の騎士
表面的には明るく、ノリがよく、健気だが
おそらく、彼女の本性ではない
黒術(こくじゅつ)を主に使う
ティナ役が兼ね役

ヒデじい様の声劇台本置き場にも置いてあります


シナリオ本文

ティナ:一つ一つが変わっている
 
ティナ:形も色も、みなちがう
 
ティナ:だから花は美しいのです
 
0:
 
慈悲:姫様はそういって、目を閉じながら笑みを浮かべた
 
慈悲:「好きな花は見つかった?」と聞かれたが
 
慈悲:それは、未だに見つかっていない
 
0:
 
0:神帝国 第4支部
 
慈悲:「灼炎の焔」……か
 
慈悲:「国盗り」という名目で、強い騎士に勝負を挑み、勝てばその場所を制圧したとみなすやり方で、神帝国を攻め落とす……普通では考えられない方法だ
 
ティナ:しかし、その御方は、国民に手を出しておりません
 
慈悲:姫様……。おはようございます
 
ティナ:おはよう。ロテリオ
 
慈悲:「慈悲」とお呼びください。何度も言っていると思いますが
 
ティナ:私としては、本名で呼んだ方がしっくり来ますのに……
 
慈悲:それでも、です。決してこの名前が、嫌というわけではありません。名前を与えられた者として、使命を全うすると決めておりますので
 
ティナ:……そうですか。では、「慈悲」。話がそれてしまいましたね
 
慈悲:お話を戻しますが……大和は、我々神帝国の敵です
 
ティナ:敵……そうですね。灼炎の焔は、大和の人間であり、大和王の息子であると聞きました
 
ティナ:彼らはまさに、「穢れた血」と呼ばれた、神帝国にとっての敵。確かに、慈悲の言う通りです
 
ティナ:しかし、果たしてそれは本当なのでしょうか?
 
慈悲:……と、いいますと?
 
ティナ:彼は、なるべく被害を出さない「陣地とり」をしている
 
ティナ:普通なら、たくさんの民を根絶やしにしても、おかしくはないでしょう
 
ティナ:攻めたのはこちらだというのに、優しいやり方を選んでいる……そんな方が、本当に敵なのかと
 
慈悲:そうですが……
 
ティナ:……そういえば、先日、また一つ、綺麗なお花が咲いていましてね
 
慈悲:? 花ですか?
 
ティナ:慈悲。この間、連れて行ったばかりでしょう……
 
慈悲:あ、ああ。そうでした。すみません
 
ティナ:……そのお花は、赤く、鮮やかに、咲きほこっていました
 
慈悲:赤、ですか
 
ティナ:はい。他の花と違って、とてもよく目立っています
 
ティナ:でも、なぜか、他の花の美しさを消すことなく、周りと調和している。不思議な花です
 
ティナ:そこで私は思いました、この花も、大和の方と同じではないかって
 
慈悲:つまり、害はない、と言いたいのでしょうか
 
ティナ:もう……。少しは、汲(く)み取ることを覚えなさい
 
慈悲:申し訳ありません。どうしても疎(うと)いもので
 
ティナ:……構いませんわ。きっといつか分かります
 
0:そこに1人の騎士が慌ただしく入ってくる
 
慈悲:どうした? 
 
騎士団兵:報告! 第4支部内に侵入者が!
 
慈悲:何……?  
 
騎士団兵:突然、門の前に現れて……
 
ティナ:その者は、どちらに?
 
騎士団兵:もう間もなく、こちらに来るかと……
 
慈悲:まもなく? 他の兵はどうした?
 
騎士団兵:……申し訳ありません
 
騎士団兵:我々だけで、抑えきれなく……
 
慈悲:抑えられない? どういうことだ?
 
騎士団兵:その者、「大和の人間」と名乗っていて……野次馬かと思っていましたが…とんでもない強さで
 
慈悲:……分かった。そいつをこの場に通せ。私が相手をしよう
 
騎士団兵:はっ
 
0:しばらくして、先ほど報告に来た騎士団兵が、その人間を連れてきた
 
狼護:わざわざ通してくれるなんざ、寛容なんですな。神帝の人間は
 
慈悲:何者だ?
 
狼護:俺の名は、「狼護」。そこにいる皇女さんの首、獲りにきやした
 
慈悲:姫様が狙いか? 
 
狼護:ええ。偉い方の首もらわないと、示しがつきませんのでね
 
慈悲:……どういうことだ? 
 
狼護:大和王の第一子息「焔」。耳に入ってるんでしょ?
 
狼護:俺は、その焔殿下の、従者です
 
ティナ:……本当に、大和の人間?
 
狼護:その通り
 
慈悲:待て。支部を攻めてきた大和は、二人と聞いたはずだ
 
狼護:それがなぜかって? そりゃぁ、俺だけ別なんでね
 
狼護:殿下と一緒に行動するなんざ、ありえない
 
慈悲:っ!
 
0:狼護は手足を広げて、構えを取る。慈悲もそれに合わせて剣を抜いた
 
狼護:「国盗り」なんて……殿下のやり方は甘いんですよ。そんな人には、誰もついていけやしません。何より、民が納得できないはず……
 
狼護:だから代わりに、殿下ができないことを、俺がやる
 
狼護:神帝のお姫様。その命、頂戴いたしやす
 
慈悲:悪いが、そうはさせない
 
ティナ:慈悲
 
慈悲:大丈夫です。姫様は下がっていてください
 
狼護:あんた、皇女様の護衛かなにか?
 
慈悲:姫様の護衛と、この第4支部を任されている。「名前付き」の一人、慈悲だ
 
狼護:名前付き……? あぁ、どっかで聞いたな……。騎士の中で強い人間に与えらえる、特別な名前だとか
 
狼護:なら、是非ともその強さ、拝見といきますかい……!
 
0:狼護は両手をかざす。瞬間、手に段々と風が集まっていく
 
慈悲:……っ、風を使うか
 
狼護:これが俺の術。
 
狼護:拳と足を使って、風を生み、攻撃の手段にする
 
狼護:まず一発目は、こいつだ
 
狼護:風闘術(ふうとうじゅつ)その二「鎌鼬(かまいたち)」
 
0:狼護は手を勢いよく前に突き出し、渦上になった風がすかさず発生し、慈悲に向かって飛んでく
 
慈悲:風が、渦を巻いてこちらに……
 
慈悲:だが、この程度なら……!
 
慈悲:騎士剣術(きしけんじゅつ)第9番「リカバリー」!
 
狼護:ほう、やりますなぁ
 
慈悲:そのまま、攻撃に移る!
 
慈悲:騎士剣術(きしけんじゅつ)第2番「蓮制斬(れんせいざん)」!
 
狼護:おーおー、まっすぐ来ますなぁ
 
狼護:なら……こっちも
 
狼護:風闘術(ふうとうじゅつ) その七「風打連撃(ふうだれんげき)」
 
慈悲:……風が……手数が多いッ!
 
狼護:はぁっ……!
 
0:狼護の手足から繰り出される、風の勢いを使った連続攻撃を、慈悲は、避けつつ、剣で防御する
 
慈悲:くっ……! 
 
狼護:顔が歪んでますぜ。名前付きってのは、これくらいの実力たぁ……知れてますな 
 
慈悲:攻めるばかりが強いわけじゃない……。そこだ!
 
狼護:っ……? 
 
慈悲:騎士剣術(きしけんじゅつ) 第12番
 
慈悲:二連抜突(にれんばっとつ)!
 
0:慈悲は、一度まっすぐ突き攻撃を放つ。狼護はそれを一回避けるが、二度目の突き攻撃を予想していなく、気をとられた
 
狼護:っ……! 
 
慈悲:まだ、もう一突き……!
 
狼護:それは流石に返しますぜ、っと……! 
 
狼護:風闘術(ふうとうじゅつ)その三 「回し風(まわしかぜ)」!
 
慈悲:っ……ぐっ……二連抜突を……風を起こして、止めたか
 
狼護:……確かに、並大抵の実力じゃあ、なさそうですな
 
輪廻:でも、それがもう1人増えちゃったら、どうなるんでしょうねぇ?
 
狼護:っ!? 
 
輪廻:念槍術(ねんそうじゅつ) 第3番 「キネスティンガー」
 
狼護:っ……!がぁ……っ
 
輪廻:見切りづらいでしょ、これ? それが、僕の槍なんで
 
狼護:こいつ……は?
 
ティナ:輪廻……! 来ていたのですか!?
 
輪廻:いやぁ、なんか暇つぶしに寄ってみたら、騎士団兵さんみんな意識失ってるからさぁ。大丈夫?って思ってきたんですよ
 
輪廻:そしたら、慈悲さんがすんげー戦ってるから、マジモンじゃんこれ~!って
 
輪廻:っていうか、こいつ何なんすか?
 
慈悲:大和の人間、らしい
 
輪廻:へぇ~! 二人だけかと思ったんですけど、もう一人いたんですねぇ
 
輪廻:お? なんだこれ?
 
0:輪廻は狼護の髪を無理やり引っ張る
 
狼護:ぐっ……あ!
 
輪廻:へぇ~! 獣耳だ! すごいや、本物じゃん!
 
輪廻:これ、売ったらいくらになるんですかね?
 
輪廻:せっかくだし……このままちぎっちゃおうかなぁ!
 
ティナ:お辞めなさい!
 
0:ティナの怒号が、支部内に響く……
 
輪廻:……冗談ですよ、冗談。マジになんないでくださいよぉ
 
輪廻:でもいいのかなぁ。こいつ、大和なんでしょ?
 
輪廻:しかもティナお嬢様を狙いに来たんなら、殺したほうがいいですよ
 
ティナ:……
 
狼護:……とっととやれよ
 
輪廻:ほら、こう言ってるんだしさぁ
 
ティナ:……いえ
 
輪廻:へ?
 
0:ティナは少し目を閉じた後、何かを決心したような顔で、狼護の下へ歩み寄る
 
狼護:……はっ。そうかい、そうかい。皇女自ら、手をかけるってか?
 
狼護:……せいぜい、すきに殺せよ
 
ティナ:……治癒術を施します
 
狼護:……?
 
輪廻:いやいや、ちょっとちょっとぉ!
 
ティナ:なんでしょうか?
 
輪廻:何でしょうかって。こいつさっきまで敵だったんですよ? 分かってるでしょ、そんなこと?
 
ティナ:あなたの言う通りです、輪廻。彼は先ほどまで私達を敵とみなし、襲ってきた
 
ティナ:でも彼は、自分の身を挺(てい)してまで……そこまでして、神帝国へ報復を果たそうとした。その大きな憤怒(ふんぬ)を生んだのは、私達です
 
慈悲:姫様……!?
 
輪廻:うそでしょ!? それ考えなおしたほうがいいですって!
 
ティナ:私が責任を取ります
 
ティナ:……狼護、と申しましたか?
 
狼護:……本気か?
 
ティナ:はい。……私は、神帝国がやったことを、今でも疑問に思っています
 
狼護:……口では、何とでも
 
ティナ:そう思っていただいて、構いません
 
0:ティナは手をかざし、狼護の傷を治していく。彼の体がほんのりと光に包まれた
 
狼護:……っ
 
輪廻:ティナお嬢様。……あなたってひとは。何処までもお人よしすぎますよ
 
ティナ:全ての人間に対してそういうわけではありません
 
ティナ:最初は警戒しておりました
 
ティナ:でもその後、慈悲との闘いの中……戦っている表情一つ一つから、やむにやまれない恨みを感じたのです
 
輪廻:恨みなんて持たれて当たり前でしょ?
 
輪廻:そこに気を止めなくても、神帝国が滅ぼした事実は変わらない。現実はいつものようにまわってる
 
輪廻:戦いを知らない人たちは、普通に暮らしているでしょ。それでいいじゃないですか
 
輪廻:なのにそれを? 今更? 掘り返すかのように、滅ぼした相手を、愛の心で受け止めますって?
 
ティナ:恨みを持たれて当たり前な事をしているからこそ、こちらから歩み寄らねばなりません
 
ティナ:相手にも何か理由があったのだと、思う事が大切なのです
 
輪廻:……はぁ。だからさぁ、そういう所ですよ、良くないの
 
ティナ:輪廻。私などが、愛をとくつもりはありませんが、少しは理解をしようと努力をしてもいいのではないですか?
 
輪廻:なんでさ?
 
ティナ:あなたは殻に閉じこもっている。そうやって卑屈な見方をして、心地が良いのですか?
 
輪廻:それは慈悲さんも同じでしょ。その人も殻のように固い
 
ティナ:慈悲は違います。彼は元々が固いんです
 
慈悲:……固い、ですか
 
ティナ:そうです!
 
ティナ:でも慈悲は、固いなりに理解をしようと、歩み寄る姿勢が見える
 
ティナ:それは殻を使って、周りと関係を遮断しているあなたとは、大違いです
 
輪廻:……ちっ。幸せな頭してるよな、ほんと
 
慈悲:輪廻。言葉をつつしめ
 
狼護:……はは
 
ティナ:何かおかしかったですか?
 
狼護:いいや……なんだか、殿下に似てると思って……どこか
 
ティナ:私が? そうなのですか?
 
狼護:ええ
 
狼護:……で、俺をどうするんです? このまま自由の身じゃないでしょうに
 
ティナ:今なら体も動くはず。私を手にかけることはできますよ
 
狼護:……やる気が起こりません
 
ティナ:……そうですか
 
慈悲:姫様、お言葉ですが、この者が支部へ入り、我々の命を狙おうとした事は間違いありません。殺しはしなくとも、なにか処罰を与えるべきかと
 
狼護:構いませんよ、別に。牢屋でもなんでも、何処にでも(連れていきゃあ……)
 
ティナ:(さえぎる)では。……行き先ですが。……この支部の近くに、綺麗なお花畑があるんですよ
 
狼護:……ん?
 
慈悲:なっ!? 
 
ティナ:せっかく支部に来られたのですから、彼にも見ていただきたいのです。
 
ティナ:では、狼護
 
慈悲:待ってください! 私も、お供します。もしものことがあればいけませんので
 
ティナ:分かりました。
 
ティナ:輪廻は、どうします?
 
輪廻:ついて来いってこと?
 
ティナ:もしよければ
 
輪廻:どうでもいいよ
 
ティナ:でしたら、私たちが出向いている間、支部をお願いします
 
輪廻:……おおせのとおりに
 
0:
 
0:
 
0:支部から少し離れたところ、草むらを少しかき分けた先にそれはあった
 
0:青空の元、色とりどりの花が咲いているお花畑が、ティナたちを迎え入れるように存在していた
 
狼護:……これ、は
 
ティナ:どうですか、狼護
 
狼護:……
 
慈悲:ここに来るのも、何度目か
 
ティナ:慈悲は、好きなお花、見つかりましたか?
 
慈悲:いや、まだ
 
ティナ:ふふ、見つかるといいですね。焦らずゆっくり
 
ティナ:あ、そうそう! 先ほどお話ししました赤い花、えっと……あそこ!
 
ティナ:ほら、ご覧なさい、慈悲
 
0:ティナが指をさした先に、真っ赤に咲く赤い花があった
 
慈悲:……確かに。不思議ですね。ひときわ目立っているのに……全体でみると、違和感がなく、調和がとれている
 
ティナ:きっと、人間同士の在り方も、このお花畑だと思います
 
ティナ:どちらの国だろうと、どんな生まれでも関係ありません
 
ティナ:個性が違うから、世界は魅力的なのです
 
慈悲:っ?
 
0:ティナは自分の両手を組み、穏やかな口調で、言葉を紡いだ
 
ティナ:1つ1つが変わっている
 
ティナ:形も色も、みんな違う
 
ティナ:咲いている花によっては、私達の見る景色を変えてくれる
 
ティナ:だから花は、美しいのです
 
0:ティナはそういって、慈悲と、狼護に向かって微笑んだ
 
狼護:……あんまりですよ、こりゃ
 
ティナ:お気に、召しませんでしたか
 
狼護:……いいや、逆です
 
ティナ:えっ?
 
0:ティナは一瞬、狼護のいう事にきょとんとした。しかし、狼護が、目から涙をこぼしている姿を見て、ティナは再び微笑み返す
 
狼護:大和ノ国にも、似たような景色の、いい場所がありましてな……
 
狼護:こんなにも綺麗なんざ……反則ですぜ
 
狼護:……畜生
 
ティナ:ふふ。正直な方なのですね、狼護は
 
ティナ:……慈悲。これも、ある意味処罰ではないですか?
 
ティナ:こんなにも、泣かれておられるのですから
 
0:慈悲はやれやれと言わんばかりに、ティナへ笑みを返した
 
慈悲:姫様が、そうおっしゃるのであれば
 
狼護:……くそ…………クソっ……
 
0:狼護は泣く。重くこびりついたものを、一つずつ、洗い流すように
 
0:
 
0:それからしばらくの間
 
ティナ:落ち着きましたか?
 
狼護:……はい
 
ティナ:それでは、いったん戻りましょうか
 
ティナ:良かったら、大和ノ国のこと、教えてくださいな
 
0:
 
0:その頃、第4支部にて
 
輪廻:はぁー。ひどく暇だ
 
輪廻:……ティナお嬢様。何にも分かってないよ
 
輪廻:花なんて、勝手に咲いて、枯れるだけじゃないか
 
輪廻:そんなものに価値を感じる理由が、わからない
 
輪廻:……慈悲さんも慈悲さんだろ
 
輪廻:あいつも分かってないくせに、何を真摯にお嬢様に従ってるんだか
 
輪廻:真面目って、毒にも金にもならないのにさ
 
0:慈悲の名前を出したせいか、輪廻は無意識に歯を食いしばった
 
輪廻:……くそが。なんで慈悲さんなんだよ
 
輪廻:不公平もいいところだろ
 
輪廻:……それか、もし公平になりたかったら「理解するように努力しろ」って?
 
0:輪廻は少しずつ口角を上げ、不気味に笑う
 
輪廻:……はは、はははははは!
 
輪廻:……ばっかばかしい
 
輪廻:そう、本当にね
 
輪廻:だから……
 
0:
 
0:第4支部に戻ってきたティナたち
 
0:しかし、行く前と様子が違う事に、狼護が気がついた
 
ティナ:ただいま、戻りました
 
狼護:……誰もいない?
 
ティナ:あれ? 他の者は?
 
慈悲:おかしいな。まだ任務の時間は終わっていないはずだ
 
慈悲:……っ!!
 
慈悲:姫様! 下がってください!
 
ティナ:えっ!?
 
0:慈悲は後ろから殺気を感じ、剣を抜いた
 
慈悲:っ、お前たち……! 何のつもりだっ! なぜ剣を抜いている!
 
ティナ:どうしたのですか!?
 
狼護:どうにも様子がおかしいですな……これは
 
狼護:兵士さんたちの眼、どこか変だ
 
慈悲:何者かに……操られている、ということか?
 
狼護:分かりませんが、その可能性は高いかと
 
0:騎士たちは、狼護と慈悲に剣を持ち、襲い掛かる
 
慈悲:っ……! 騎士剣(きしけんじゅつ)第3番
 
慈悲:「スティンガー」! 
 
0:慈悲は、襲ってきた騎士の胴体部分をついて、勢いよく相手を倒した
 
慈悲:……っ、どうなっている?
 
輪廻:慈悲さん! 助かりましたよ
 
慈悲:輪廻! 一体何があった!?
 
輪廻:いや、それが僕にもよくわかんなくて
 
慈悲:……もしや、例の「裏切り者」たちが、何か仕掛けたのか? 
 
輪廻:さぁ? それか、こいつらが元々裏切り者っていう線か、どっちかでしょ?
 
慈悲:とりあえず、姫様を安全なところに。出口へ……
 
狼護:いいや。出口も見事に……ほれ、塞がれてる
 
慈悲:お前たち……
 
狼護:他に場所は?
 
慈悲:……屋上しかないか
 
輪廻:慈悲さん。お嬢様は、僕が
 
慈悲:ああ。あとは食い止める。頼めるか?
 
輪廻:もちろん
 
0:輪廻はティナをつれ、教会の外へと向かう
 
慈悲:狼護、すまない……戦えるか?
 
狼護:もう戦ってますよ。慈悲さん
 
0:狼護は澄ました様子で返事をした
 
慈悲:……ありがとう
 
狼護:兵士さんたちは、気を失わせる程度で?
 
慈悲:ああ。協力を頼む!
 
0:
 
0:第4支部 屋上
 
0:輪廻は後ろを警戒しつつ、ティナを屋上へつれてくる
 
輪廻:ここまで来たら安心ですよ
 
ティナ:ありがとうございます
 
輪廻:いえいえ。あとは慈悲さん達が片付けてくれるでしょ
 
ティナ:……片付ける、という言い方はよくないですね
 
ティナ:彼らは何者かに操られている。敵ではありません
 
輪廻:……またそれですか
 
輪廻:そんな悠長にしてたら、「裏切り者」に騙されますよ?
 
ティナ:……えっ?
 
輪廻:黒術(こくじゅつ) 第17番
 
輪廻:止縛冥呪(しばくめいじゅ)
 
ティナ:っ……からだ……が!
 
ティナ:これは……こく……じゅつ?
 
輪廻:そうですよ。禁忌(きんき)とか言われてるんですっけ? 古いですよね~考え方
 
輪廻:使えるものは使えばいいのにさ
 
ティナ:あなた……なぜ?
 
輪廻:なぜだと思います? 分かりますか?
 
輪廻:……僕はね、思い出してほしかったんですよ
 
ティナ:……何、を?
 
輪廻:ほら。お嬢様は忘れちゃってる
 
輪廻:そう、馬鹿共のせいで記憶が飛んでしまった
 
ティナ:……えっ?
 
輪廻:今は、傷が癒えてますけど、振るわれた傷跡は、心の中に残っている
 
輪廻:その傷跡と一緒に、僕と居た日々もどっかに行っちゃった
 
輪廻:そう、お嬢様は、忘れているから、いつもぬるいことが言える
 
輪廻:大和の人間は敵じゃないとか、1人1人は花のように違うとか
 
輪廻:その「忘却されたティナお嬢様」という状態で、ずっと生き続けている
 
輪廻:次の日も……次の日も
 
ティナ:……あなたは、何を言って?
 
輪廻:だから思い出してください
 
輪廻:偽りの輪廻から、貴方を解き放ちます
 
輪廻:黒術(こくじゅつ) 第37番
 
輪廻:「浮憶回出(うおくかいしゅつ)」
 
ティナ:……あ、ぁぁ……ああ!
 
0:
 
慈悲:っ……これで……全部か?
 
狼護:……ですな
 
慈悲:すまないな、狼護
 
狼護:謝る必要が何処に?
 
狼護:助けてもらった礼っすよ、これは
 
慈悲:……ありがとう
 
慈悲:しかし……このような事を、一体何者が……
 
狼護:……そういえば、思ったんですが
 
狼護:あの輪廻って人、これだけ騎士団の人が変な状態になってんのに……何ともなかったような
 
慈悲:奴も名前付きだ。誰かの術中にやられる人間ではない
 
狼護:……でも、その「誰か」の事、喋ってました?
 
狼護:俺達が居ない間、ずっと居たんでしょ? 
 
慈悲:……それは、そうだが
 
慈悲:なら、その間に何があったのか、輪廻に聞こう
 
0:慈悲は、狼護の言葉から、得体のしれない嫌な予感を感じていた
 
慈悲:屋上へ
 
0:
 
慈悲:(狼護の言葉が、嘘であってほしい)
 
慈悲:(輪廻はいつも不真面目な態度をとっているが、武器を取ればしっかり戦ってくれる)
 
慈悲:(だが、屋上へ向かう階段をあがればあがるほど、なぜか、私の中の不安は膨れ上がる)
 
慈悲:(やがて、その不安は、目の前に移った光景を見て、現実と化してしまった)
 
慈悲:姫……様?
 
ティナ:……あぁ、あぁ……あ
 
輪廻:そう、そうだよ、それでいいんだよ
 
慈悲:輪廻……
 
慈悲:何をしている?
 
輪廻:あぁ、慈悲さん。早かったね
 
輪廻:そりゃそうか。だって僕と同じ、名前付きか
 
慈悲:姫様に何をしている!!
 
輪廻:思い出させてあげてるんだよ
 
輪廻:お嬢様、僕の事忘れちゃったから
 
慈悲:その術は……なんだ?
 
輪廻:黒術(こくじゅつ)だよ。これを使って、ティナお嬢様の記憶を呼び起こしてるんだ
 
輪廻:こうやって……さぁ!
 
ティナ:あ、ぁぁ! あああ!
 
慈悲:辞めろぉぉおお!!!
 
0:慈悲はすかさず剣を抜き、輪廻に斬りかかる
 
輪廻:なんだよなんだよ! ティナお嬢様に手を出すなって!?
 
慈悲:お前は! いち個人の為に傷つけるのか!!
 
慈悲:禁忌(きんき)の術を使ってまでして!
 
輪廻:あんた……何にも見えてないんだな
 
慈悲:何……!?
 
輪廻:お嬢様が記憶を失ったのは、階級の高い人間たちに傷つけられた
 
輪廻:この神帝国の、上層部だ
 
慈悲:っ……上層部が……?
 
輪廻:ああ。この人が再び僕の前に現れた時、それはそれは「どなた?」って言われたよ
 
輪廻:もう最悪だ……ああ、最悪だよ!!
 
輪廻:お前にこの気持ちがわかるか!? ええ!?
 
慈悲:……くっ!
 
輪廻:念槍術(ねんそうじゅつ) 第10番
 
輪廻:「ラン・スケルト」!
 
慈悲:……がぁぁぁっ!
 
輪廻:あんたが、たまたまこの第4支部を担当する名前付きってだけでよ
 
輪廻:お嬢様の隣に居やがって……
 
輪廻:見ていてずっと、嫌な気分だったよ……!
 
輪廻:だからついでだ。ここで息の根を止めてやるよ
 
狼護:慈悲さん!
 
輪廻:でしゃばんじゃねえよ……大和の犬が!!
 
輪廻:黒術(こくじゅつ) 第20番
 
輪廻:闇獣招来(あんじゅうしょうらい)
 
狼護:なんだこいつら……? 黒い獣か?
 
輪廻:せいぜいそいつらと遊んでろよ。お似合いだろ、お前には
 
狼護:はっ、イキな表情してることで。あんたのペット、教育がよくされてますなぁ 
 
慈悲:狼護!
 
狼護:大丈夫っすよ。こいつらぶっ倒して、ティナお嬢様のところまで向かいます
 
狼護:ま、こっちは任せてくださいな
 
慈悲:……すまない。私は……輪廻を
 
輪廻:あれ? もう協力しちゃってんすかぁ!? 大和の人間なのに? 
 
輪廻:もしかして、ティナお嬢様が言ってる事に納得しちゃった? お花畑なんかみて!? ロマンスもここまでくると反吐がでるな!
 
慈悲:……お前は、姫様を大切に思っているんだろう……?
 
慈悲:その行為が、彼女のためになっているのか!?
 
輪廻:分かったような口を聞くな!
 
輪廻:あんたと僕じゃ、お嬢様と居た時間は全然ちがう
 
輪廻:一部分しか見えてない奴が、隣にたってんじゃねえよ!
 
慈悲:いいや! それでも!
 
慈悲:私に言った数々の言葉は、花を愛していた姫様の姿は、本物だ!
 
輪廻:その姿が例え、自分の苦しい記憶を忘れているとしてもか!?
 
慈悲:だからといって……姫様の悲しい顔を見せてまですることか……!!
 
輪廻:説教するなよ! 慈悲さぁん!
 
輪廻:さっきから上から目線ばっかりでさぁ……!
 
輪廻:いくら先に、名前付きになったからって、調子に乗るんじゃねえよ……!
 
慈悲:っ!
 
輪廻:念槍術(ねんそうじゅつ) 第4番
 
輪廻:「キネルトラスト」!
 
慈悲:……槍が、湾曲して! どこだ!?
 
輪廻:後ろ後ろぉ!
 
慈悲:っ……がぁっ! 
 
輪廻:ほらぁ、反応ができてない
 
輪廻:それもそうか。いっぱしの騎士団兵とおんなじ事しかできないもんなぁ
 
慈悲:……真っ直ぐ来たかと思えば、横から、後ろからも来る……!
 
慈悲:……いつ時も厄介だ、お前の術は……!
 
輪廻:だから色々対応策を考えてたんだよねぇ。なんか、氷連術(ひょうれんじゅつ)も習得してましたっけ?
 
輪廻:でも、聖典さんと比べたら中途半端! 何にも得られていない!
 
輪廻:つまり……あんたは雑魚でしかないんですよ、慈悲さん
 
輪廻:ただの騎士団兵と変わらない
 
慈悲:……ぐっ
 
輪廻:ティナお嬢様には、あんたが裏切り者に殺されたって言っておくよ
 
輪廻:そして、裏切り者は大和を使って、お嬢様を消そうとしたと報告する
 
輪廻:最後は全部、僕が始末したってね……!
 
0:
 
0:
 
0:一方、狼護は、輪廻が召喚した黒い獣たちを倒していた
 
狼護:風闘術(ふうとうじゅつ) その七
 
狼護:旋牙風走脚(せんがふうそうきゃく)!
 
0:狼護は目然にいる黒い獣を、風を纏った脚で攻撃する
 
狼護:こいつを倒したら、ティナさんに手が届く……!
 
ティナ:……ぁ、ぁ……
 
狼護:ティナさん……!聞こえますか!?
 
ティナ:……あ……ぁ……ぅ。うぅあ……
 
狼護:……っ。駄目だ……呼びかけても、反応がない
 
ティナ:……ア、ル………。ロテ、リ……オ
 
0:ティナは嗚咽を漏らし、目を閉じて気絶する
 
狼護:この人が……こんな顔するなんてな……
 
狼護:……これじゃ……殆ど俺達と変わらねえよ……
 
0:
 
輪廻:じゃ、さよなら、慈悲さん
 
輪廻:あんたとの腐れ縁も、ここまでだ……!
 
0:輪廻が慈悲を、槍で刺そうとした
 
輪廻:っ……? ……止め、られた?
 
慈悲:……白術(はくじゅつ) 第1番
 
慈悲:「ホーリーバリア」
 
輪廻:……白術(はくじゅつ)、だと?
 
輪廻:なんであんたが、そんな術……!
 
慈悲:黒と相対する、白き術、とても習得できるものでないと思っていたが
 
慈悲:やっと、まともに出せるようになったか
 
0:慈悲は剣を白く光らせると、辺りが白い霧のような何かに包まれた
 
輪廻:っ!? 視界が……!
 
輪廻:くそ……なんだ、なんだこれ?! 
 
輪廻:周りが……白く!?
 
0:
 
0:
 
慈悲:白(しろ)へ授(さず)けよ
 
慈悲:聖(せい)なる守護(しゅご)を尊(とうと)い、その命(めい)を
 
慈悲:永久(えいきゅう)の天王(てんおう)へ返還せん
 
慈悲:白術(はくじゅつ) 第20番
 
慈悲:白魔 天生抗(はくま てんせいこう)
 
0:
 
0:瞬間、輪廻の身体を白く大きな光が突き抜けた
 
輪廻:ぐ、がぁぁぁっ!!
 
0:
 
慈悲:……ここまでだ
 
輪廻:っ、くそ、くそ、くそがぁぁぁ!
 
輪廻:念槍術(ねんそうじゅつ)、第……!
 
狼護:風闘術(ふうとうじゅつ) その十
 
狼護:駆風疾爪(かふうしっそう)!
 
0:狼護は風の爪で、駆け抜けるように、輪廻を攻撃した
 
輪廻:ぐっ……がぁっ!
 
狼護:他の黒い獣は片付けやした。さっきのは、やられた借りです
 
輪廻:クソ犬がぁぁぁっ……!
 
慈悲:姫様は?
 
狼護:意識を失ってるけど、怪我はなし
 
慈悲:そうか……助かった
 
0:慈悲は狼護にそう言った後、倒れている輪廻に近づく
 
慈悲:まだやるか? 輪廻
 
輪廻:なんだよ? その顔
 
慈悲:……姫様なら。いや
 
慈悲:私の中にある、騎士道精神に従って、選択をするだけだ
 
慈悲:輪廻、お前に「慈悲(じひ)」をくれてやる
 
慈悲:このまま殺さずに捕らえる。命をもって、罪を償え
 
輪廻:……はは、ははは!
 
輪廻:何もかも忘れた姫様なんかの言葉に、影響なんか受けちゃって
 
輪廻:あんた……マジで嫌いだよ
 
キリア:あっちゃー。 滅茶苦茶押されてるじゃーん 輪廻くん
 
狼護:っ? 誰だ?
 
キリア:あー、気にしなくていいですよ~ん! すぐ退散するから~!
 
輪廻:……キリア、いつの間に
 
慈悲:キリア……? 
 
キリア:どうも。名前付き候補だった騎士のキリアたんでーす!  今は訳あっていないんだけど~、そこんとこよろしくー!
 
慈悲:そうだ……確か、失踪したと耳に入っていたが……
 
キリア:慈悲くんは、はじめましてかな? ふむふむ、輪廻くんと同じくらいの年齢かな? か~わいい
 
慈悲:……お前たち。まさか二人とも、「裏切り者」側か?
 
キリア:ピンポーン! 慈悲くんに50点プレゼント~! 
 
キリア:……黒術(こくじゅつ) 第20番
 
キリア:闇獣招来(あんじゅうしょうらい)
 
狼護:こいつは……さっきとおんなじ黒い獣……でも、なんだ? 数が全然違うじゃあないですか
 
狼護:……相当、魔力を持っておられる、と
 
キリア:あれ? ワンコ君、褒めてくれるの~? 嬉しいぴょい!
 
キリア:まぁ。輪廻君も頑張ってたけどね! ちょっと詰めが甘かったかな?
 
キリア:……ってことで、とりあえず、動かないでもらえると嬉しいんだけど~
 
慈悲:狼護、油断するな!
 
狼護:分かって……。 っ?
 
キリア:あら? 輪廻く~ん。彼女、起きてるけど~? 
 
輪廻:うるさいな……言われなくても、「仕事」はすんでるって……。……?
 
ティナ:……っ
 
慈悲:姫様! 
 
ティナ:ここは?
 
狼護:ティナさん?
 
ティナ:あなたは?
 
慈悲:えっ……?
 
0:ティナは、慈悲と、狼護、そしてキリアと、輪廻の目を見たあと、そういった
 
ティナ:あなたたちは、誰?
 
輪廻:……は?
 
輪廻:……待てよ、おい。こんな、こんなことになるなんて、聞いてないぞ……!
 
キリア:うーん、そうね……。浮憶回出(うおくかいしゅつ)は、その人の、刺激の強ーい記憶を引っ張り出す術。記憶障害にまではならないはず
 
輪廻:じゃあなんで!
 
キリア:もしかしたら、記憶「そのもの」のショックが、あまりに大きかったのかも
 
輪廻:……なんだ、それ
 
キリア:だって、その経験があったから、君の事、忘れてたわけでしょ? 
 
輪廻:……そんな
 
輪廻:これじゃ……僕のことを……思い出せないまま
 
キリア:落ち込まないの~、輪廻君。はい、帰るよー
 
キリア:黒術 第8番「冥楼(めいろう)」
 
慈悲:っ! 待て!
 
狼護:……黒い霧になって、消えた……二人とも
 
ティナ:……何か、あったのですか?
 
慈悲:……姫様
 
ティナ:……申し訳ありません
 
ティナ:姫様、と言われても、何も、わからなくて
 
狼護:(ティナさんは、終始、どこか途方に暮れたような顔で、ふつふつと言葉を紡いでいた。その姿は、俺が最初に見た時とは、どこか違う)
 
慈悲:……っ!
 
狼護:(その隣で、慈悲さんは、血がにじみ出そうなくらい、自分の手を握っていた)
 
狼護:(そして、激しい感情が静まったあとは)
 
狼護:(必ず、悲しみが訪れる) 
 
0:
 
狼護:……慈悲さん
 
慈悲:分かっている
 
慈悲:でも、そうやすやすと、受け入れられるか……
 
0:しばらくの間
 
狼護:……っ、そうだ
 
慈悲:……なんだ?
 
狼護:お花畑、行ってみませんか?
 
慈悲:…?
 
狼護:なにをいってんだって思うけど。ほら、ティナさん、花が好きじゃないですか
 
狼護:そうした方が、いい気がして
 
ティナ:……お花畑? この近くに、あるの?
 
慈悲:……っ。……はい
 
慈悲:とても綺麗な、お花畑があります
 
0:
 
0:
 
0:
 
慈悲:(夕方になって、ここの花は変わらない)
 
慈悲:(私の中が、どんな心持ちだったとしても)
 
慈悲:(景色の感想とは……自分の心によって、変わるもの、なのかもしれない)
 
慈悲:(そう思っていると、姫様はすかさず、お花畑のほうへ向かっていく)
 
ティナ:わぁ…! きれい!
 
狼護:っ、ティナさん?
 
狼護:ちょい……あ、行っちまった
 
0:ティナは目をキラキラさせてお花畑へかける
 
狼護:……きらきらしてますな、ティナさん
 
慈悲:そうだな。……記憶を失っても、姫様は……変わらない。
 
ティナ:こんなにお花が咲いているなんて…!
 
ティナ:ねぇ、見てロテリオ! あそこの花、とても赤くてきれい…!
 
慈悲:……!
 
狼護:ロテ、リオ……?
 
慈悲:……私の、本当の名前だ
 
狼護:それって……!
 
ティナ:…あれ?
 
ティナ:今、私は……?
 
慈悲:…っ
 
0:少しずつ、慈悲から嗚咽が漏れはじめる
 
慈悲:そういうところは……本当に、お変わりないのですね……
 
ティナ:ごめんなさい。私、ここの事を、殆ど覚えていなくて
 
ティナ:もし良ければ……どんな場所なのか、教えてくれますか?
 
慈悲:……ここは、色とりどりの花が咲く場所です
 
慈悲:でも、どんな花が咲いても、周りの花同士が調和して、一つのお花畑として成り立っている。
 
慈悲:時が経つにつれて、もしかしたら違う花も咲くかもしれません。そうなれば、また景色が変わっていき、違う形になる
 
慈悲:そしてその都度、違う感想を持つことができるんです
 
ティナ:……素敵ですね
 
ティナ:あなたは……ここが好きなのですか?
 
慈悲:……はい
 
慈悲:まだ、好きな花は見つけられていませんが
 
慈悲:とても、とても…………大切な場所です…………
 
0:
 
輪廻:……
 
キリア:輪廻君、すごーい不機嫌
 
輪廻:だったら?
 
キリア:別にさ、記憶が一生、なくなるわけじゃないんだから
 
輪廻:……何がわかる
 
キリア:むぅ、つめた~い。ウィルの氷連術並みに冷たいよ、その態度。ぷんぷん!
 
キリア:……それで? 頼りになる情報はあった?
 
輪廻:……気になる名前が出てきた、そんだけ
 
キリア:ご苦労様、十分でございますよー。あとで、ナデナデしてあげよっか?
 
キリア:あーでも、輪廻くんは、ティナお姫様のほうがいいか。幼馴染なんだよね? それだと流石に私じゃ勝てないかな、なーんて! あっはははは!
 
0:キリアの楽しそうな笑みがこだました後、再び黒い霧に包まれ、どこかへ消えた
 
0:
 
狼護:……
 
慈悲:ありがとう、狼護
 
狼護:急に改まって、どうしちまいました?
 
狼護:俺、あんたを殺そうとしてたんですよ? 
 
0:狼護は冗談交じりに笑って、慈悲に言葉を返す
 
狼護:……そんな奴をわざわざ、見送りまでしてくれるなんざ、前代未聞ってやつですな、これは
 
慈悲:確かに、他の名前付きや、騎士から見たら、狼護と同じ感想を抱くかもな
 
慈悲:でも、お前はお前なりの気持ちがあり、思いがあり、ここに来た
 
慈悲:そこには敬意を払いたい
 
狼護:ははっ。さすがナイト様
 
狼護:あんた達と、会えて良かった
 
慈悲:こちらもだ
 
狼護:……んじゃ、俺は行きますわ
 
慈悲:これからどうするんだ? 例の……灼炎の焔と、合流するのか?
 
狼護:そうですなぁ……このまま戻るか、どうするか
 
狼護:今殿下と会ったら「どの面下げて来た」なんざ、言われちまいそうで
 
慈悲:そうだろうか。きっと、その焔殿は分かってくれると思うぞ
 
狼護:へ?
 
慈悲:姫様と似てるんだろ?
 
狼護:……まぁ、俺の感覚になっちまいますが、ね
 
狼護:そういえば、その、「裏切り者」でしたっけか? そっちはいかがで?
 
慈悲:その件だが、私もどう動いたものかわからない
 
慈悲:……輪廻が言うには、姫様は、暴力を振るわれていた
 
慈悲:それを無理やり掘り起こした輪廻を、許したわけではない
 
慈悲:ただ、最初に姫様に危害を加えたのは、神帝国の……上層部たちというのが、信じられなくてな
 
狼護:……そうですよな、そりゃ。自分の国なんですから、なおさらか
 
慈悲:まだ私自身……整理ができない……この件はひとまずおいておく
 
慈悲:とりあえず、最低限の報告はしておかないとな……
 
慈悲:あと、狼護。お前の件だが「ならず者に襲撃を受けたが、すみやかに撃退した」と、言っておく。お前の名前は出さない。心配するな
 
狼護:いいんですか? そんな大サービス
 
慈悲:構わない。私の騎士道精神に従って、決めたことだ
 
狼護:はは……こりゃぁ、騎士道精神も、舐めたもんじゃないですな
 
慈悲:精神「も」? ということは、お前たちにも似たようなものがあるのか?
 
狼護:一応、あります。「大和の魂」っていう、ね
 
慈悲:大和の魂……いい響きだな
 
狼護:そんな大したもんじゃないです
 
狼護:……お世話になりやした
 
慈悲:礼などいらない。もし焔殿がこちらにも来たら、事情を説明しておく
 
狼護:ありがとうございます
 
慈悲:では……さらばだ。大和の戦士よ
 
狼護:ええ。もし会えたら、どこかで、また
 
0:互いに握手を交わした
 
 

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