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ありがたい言葉

ありがたい言葉

 小学4年から6年までの3年間、私は野球にいそしんでいた。小学校の野球部に加え地域のクラブチームにも所属していたくらいである。かといって別にそれはプロを目指してのことではない。軟式の誰でも加入できるクラブである。なぜ加入していたかの理由すら今となっては覚えてもいない。「⚪︎⚪︎君がクラブチーム入るみたいだけど一緒に入ってみる?」おそらくそんな勧誘を母親から受けて二つ返事で頷いたのだろう。

 ちな

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演技派オペレーター

演技派オペレーター

 みんなクリスマスってどう過ごしているんだろう。自分はというと、実家にいた時は自家製のパエリアとケンタッキーのチキンがテーブルに並び、ラジカセから流れるクリスマスソングをBGMに家族で食卓を囲むのが常であったが、実家を出て一人暮らしを始めてからは、からっきし行事行事したことは行っていない。過去10年分のカレンダーを見返してみたが、クリスマスの日に予定が書き込まれていたのは2013年の自動車教習と、

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男の標準語キモいんじゃボケェ

男の標準語キモいんじゃボケェ

 「やめぇろぉやぁ!男の標準語キモいんじゃボケェ!」

 滑らかな巻き舌で高圧的な罵声を浴びせてくるのは、大阪生まれ大阪育ち野球部出身19歳の男だった。大阪のとある予備校の教室でふいに怒号をくらった俺の心情はというと、『男の標準語の何がきもいのよ』5割、『関西人は怖いと聞いてはいたけどほんとに怖いんかい』3割、『こいつ巻き舌うまいな』2割だった。

 生まれてから18年間を青森で過ごした後、故郷を

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120万円請求事件

 自分は楽観的な性格だという自負がある。深夜に鍵を失くして家に入れなかった際は公園で一晩中ブランコに乗って靴飛ばしの飛距離を更新してきたし、会社でミスを犯した時も一晩寝るだけでテンションはいつも上向きに戻っていた。ただ、そんな自分が一晩の睡眠では拭えない程の不安に襲われた経験が幾度かある。その一つが会社員時代の120万円請求事件だ。

 アシナガバチが六角形の巣穴を健気に増大させている頃(多分6月

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始発ダッシュの人

始発ダッシュの人

 社会人生活の火蓋が切られた4月。平日のとある日の朝5時3分に俺はスーツを着てダッシュしていた。目的地は最寄りの西小山駅。

 始発である05:05発の電車に乗り込むためだ。

 別に遅刻を恐れていたわけではない。家から会社へは電車で40分弱。その時は研修期間であったが、研修の開始時刻は9時ジャスト。街中で困ってるおばあさんを5人助けても、まだ遅刻の言い訳にできないほどのゆとりがある。

 かとい

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押すと全画面表示になるボタン

押すと全画面表示になるボタン

 誰しもがお世話になってるそんなボタン。
 10円玉より多い頻度であなたの指を接触させているそんなボタン。(スマートなあなたは圧倒的に接触させているだろう)
 人差し指で(片手派のあなたは親指)で懸命に押し、反応しない時は温厚なあなたもさざなみ程度に気が立ってしまうそんなボタン。

 正式名は『全画面アイコン』
 一方で全画面を終了させるアイコンは、怒りマークとして長らくの間市民権を得ている形状で

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合コン非対応OS

合コン非対応OS

 社会人時代、同僚に誘われて合コンに行ったことがある。確か4対4だったと記憶している。

 当時はコンプライアンスというワードが隆盛を極め始めた頃で、日本中でコンプライアンス研修が慌ただしく整備され出していた。例に漏れず俺も会社でコンプラ研修を受けることとなる。(コンプラってガンプラみたいで可愛いよね)

 「特に気をつけるべきはセクハラ、パワハラです。自分に自覚がなくても相手の受け取り方次第でハ

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イケメン神話の崩壊

イケメン神話の崩壊

 お笑いを見て「面白い」ではなく「なぜ?」という疑問を初めて持った経験がある。12歳の私だ。

 それは2005年のM-1グランプリをリアルタイムで見ていたときのことである。お笑い好きなら「2005」という数字だけで「ブラックマヨネーズ」を連想できるであろうし、人生のメモリ容量をお笑いに多く割り振っている人なら「3378」まで芋づる式に想起できるだろう。(その年の出場組数である)
 ただ私が疑問を

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学歴巴投げ

学歴巴投げ

概要

自らの学歴と相手の学歴の差を利用し、相手を投げ飛ばす技。(相対的に相手より学歴が低い場合のみ技の使用が可能。)
初対面でのコミュニケーション時に多く使用される。主に大学生に愛好家が多い。

注意点

相手に対し深い精神的ダメージを与えるため、この技を使用した時点で相手との関係性は修復困難となる。そのため、もう関わることがない、あるいは関わる気のない相手に対してのみ使用すること。

活用例

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ドラゴンタトゥーの女

ドラゴンタトゥーの女

 ドラゴンタトゥーの女が今でも忘れられない。

 去年の12月、あと10日ほどで激動の2022年(毎年誰かしらの激動の年である)が終わりを迎えようとしていたあの日、俺は歌舞伎町でぼったくりに遭った。ライブ終わり、同期の芸人4名と飲み屋を探し歌舞伎町を歩いていると、当然のようにキャッチに声をかけられる。キャッチについて行ったことはこれまで幾度となくあるが、ぼったくりというものに遭った経験は皆無だった

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浪人デビュー

浪人デビュー

 2012年4月。元モーニング娘の中澤裕子がIT社長と入籍したあの頃、俺は大阪の予備校で浪人生活を始めた。

 何としてもこの1年で合格せにゃあかん。背水の陣で臨む戦い。その戦場となる教室の前に立ち、「いざ参ろう」と教室の扉を開ける。しかし目に入ってきたのは想定していた光景ではなかった。高校を卒業し、これまで自らの溢れるエネルギーを抑えつけていた憎っくき規則から解放された喜びで、皆、髪を染め、見た

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ウイニングスイム

ウイニングスイム

 4年ほど前、沖縄に1人で旅行をしに行ったことがある。当時会社勤めをしており、仕事で溜まりに溜まったストレスを解消するのが目的だった。

 那覇空港に降り立ち、よれよれのアロハシャツを着こなす現地住民とすれ違ったところから俺の旅行は始まった。

 11月。この時期は気温も適温で暑さに無駄なストレスを感じることもない。かつ晴天。最高。沸き立つ高揚を抑え、ストレス解消プランを確認する。

 那覇空港か

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