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作り手の視線は一致させよう(ライオンの眼差し)

2020年にコロナ禍でフランスがロックダウンされてから私はYouTubeチャンネルの制作をかなり本腰入れて行っています。ここでは自分が制作する際、他の人の動画を見るときの気付いたことを共有していきます。

今日の気付きは「野生の獣が美しいのはメタ分析をしないから

一般のYouTuberさんたちの動画は次のような工程で作られている。

1)アイデアをまとめる、調査、草稿
2)撮影
3)編集、サムネイル作成、仕上げ
4)公開後のサポート(概要欄、コメント欄管理その他)

この1)2)3)4)をすべて本人で行っている場合もあるし、1)2)が本人で3)4)を他のスタッフが担当する、あるいは外注することもある。

で、最近気になるのはこの3)4)が1)2)にツッコミを入れたものを仕上がりとして提供しているものが多いなあ、ということ。

例を上げると撮影で話していることに対して字幕で『イミフ(笑)』など入れたり、撮影の外観に対して『汗染みひどい(絵文字)』などと入れる。

こういうツッコミは本当にやめたほうがいい。

面白くも可笑しくもないし、受け手が混乱する。

本当に発信したいのは1)2)であるはずなのに3)4)がそれを貶めている。そこには大抵ネガティブな突っ込み、茶化し、言い訳、ごまかし、照れがあって、ポジティブなものはあまり見当たらない。視聴者の視点に立った意見を加えて自分のメタ認知能力をアピールしたいのか、それとも真面目に取り繕いをしたいのか理由がわからない。

本人が撮影も編集もしている場合は、撮影したものを客観的に見た感想も加えたくなるのだろう、特に撮影してから編集までの時間が空いてしまった場合。また後でミスに気がつくということもある。

料理動画で玉ねぎを先に炒めておかなくてはならないのに忘れて撮影した後、「みなさんが調理するときは玉ねぎを先に炒めておいてください」と上書きする。こういうのは視聴して料理を作る側にとってはかなり迷惑だ。撮影しなおせと言いたくなる。しかし、後でもいいから正しい情報を加えるのは親切、という見方もある。

自分の動画の場合、製作工程はこう。

1)アイデアをまとめる、調査、草稿
2)撮影
3)編集、サムネイル作成
4)翻訳、字幕制作、仕上げ
5)公開後のサポート

(チャンネル)https://www.youtube.com/channel/UCbnnJSjxe0c7I-vP4qUQYzQ

下の動画は一例

自分自身の動画にしても撮影し直したくなる場所はいくつもある。ロケから帰ってきて編集する段階で気がつくことが多々ある。翻訳する段階で、自分の言っていることが前後で矛盾があったり、わかりにくかったり、後悔は多い。しかし時を戻して現場に行くことは出来ないし、その箇所のせいで動画が完璧なもの(発信者にとって)にならないからもやもやする。
下手に取り繕うと、別の色の糸で修繕した後のようにそこだけが目立つ。言われなければわからない点まで発見してしまう。

例えば上の動画ではイヤホンから撮影現場では音楽をイヤホンから聞きながら動いているのだが、中盤では画像と音源と編集する段階で音がずれる、という問題に苦しみ、取り直したくなった。

しかし結局YouTubeの動画でひとつの動画に拘泥して完璧さを求めていては前に進めない。過去の動画を反省材料にしながら次の動画で改善したほうが良い。何十年も残る作品や有料のコンテンツとは区別しないと量産ができない。

話をもとにも戻すと、さて、

なぜ二重の視点を送るのは良くないのか?

第一には受け手を混乱させるからで、第二は美しくないからだ。

草原を走る野生の獣が美しいのは獣自身が「俺の走りっぷりについてのコメント」をしないところで、ライオンは「もっとライオンらしくしよう」とは思っていない。本物だから。

舞台や映像作品は所詮虚構だから「本物」ではないわけだけど、受け手にとっては本物に見えなくてはならないし、少なくともその努力をしなければ作品の存在価値が危ぶまれる。

ドキュメンタリー番組(あるいはドキュメンタリーを装った番組)で「真意を語る」場面が挿入される事が多いが、その「真意」も「真意を装った虚構」であるから、嘘を嘘で塗り固め、重ねていることになり、しかもそのどれもが美しくない。そういうかさぶたを全部剥ぎ取って、作りての意図をストレートに出したらどうなるのだろう?

虚構云々についてはハイデガー、サルトルらがとっくの昔に言及している。それらの文もこれから引用してまとめていこうかと思う。本質に入る前に日常で目に入った端末、「ちょっと変だな」と思ったこと、引っかかったことを掘り下げていこう。

 結論を言うと、

撮影時と編集時の視点、態勢は一致させよう。撮影チームと編集チームは同じ方向を向くようにしよう。そしてライオンの眼差しで発信していこう。 

そう言いながら、このnoteも提供した動画に対して別の視点を加えているのだが、それはそれ。

有科珠々

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