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ドアノブが壊れて閉じ込められ、消防車を呼んだ話

閉じ込められたのが私でよかった。ドアの外に父がいてくれてよかった。もしも父が独りの時にドアが開かなくなって出られなくなったらと思うとぞっとする。

事件のあった夜

年末で日本に帰国し、私は神戸の実家にいる。夜自分の寝室に入ってドアを閉め、もう一度出ようとすると、あら、ドアノブが利かない。左に回しても右に回しても、押しても引いても戸が開かない。そういえば同じことが以前にもあった。自分のアパルトマンで寝室のドアが開かなくなり出られなくなった。その時は夫が廊下からドアを叩き壊したものだった。そのドアは今でも壊れたままになっている。
あの恐怖の再来か。しかし91歳の父にドアを叩き壊すほどの力はない。ドアノブをなんとか回してなんとか自力で開錠しなくては。
30分ほど格闘。
どうにもならないのでドアを叩き、声を上げて階下の居間にいる父を呼ぶ。なかなか来ない。近頃父は耳が遠くなっている上に、テレビの音も鳴っている。繰り返しドアを叩き父を呼ぶ。
やっと父が階段を上ってくる。
父は外からドアを開けようとするが、なにぶんドアノブが経年劣化しているので外からも開かない。ドアの隙間に薄い板を差し込んだりヘアピンを使ってラッチボルトを動かそうとしたり、あらゆる方法を試しても無理だった。
「ドライバーでドアノブを外そう」
父が道具を探しに階下におりていく。なかなか戻らない。

破壊解錠を試みる


近頃ひどい寒さが続いている。部屋には防寒着もなく、暖房もあまり利かない。だんだん体が冷えてきた。
やっと父がドライバーとハンマーを見つけて戻ってくる。
ドアの向こう側で何やら奮闘しているが、何をやっているのか分からない。寒い廊下に1時間もいて父が風邪をひかないかと気になる。何かを羽織るようにと声を掛ける。
ドアノブと格闘して1時間。
この部屋には窓がある。屋根を伝って隣の部屋の窓から入れるかな。でも小雨で屋根は濡れているし、暗いし、もし滑って落ちて怪我でもしたら…。

とうとう私は父に頼む。「119番に電話して来てもらって」と。

レスキューを呼ぶ


ドアの向こうで電話の声が聞こえる。しかし父は認知症が始まっているのでうちの住所が正確に言えない。しかも娘である私のことを「妹」だと言っている。部屋の中から大声で住所を伝え、裏口から入ってもらうように言う。家の鍵を中から開けるよう父に頼む。
しばらく救助を待つ。
寒い。
遠くから消防車のサイレンの音が聞こえて来る。
近所の人たちが外に出て来る様子。
消防車が家の裏門に駐車。「窓から顔を出してください」消防隊員さんが庭に立って言う。消防隊員さんに家の中に入ってもらうよう父に頼む。ドアの向こう側に到着。車にいる責任者の方と無線で連絡をとっている様子。
ダイナマイトで吹き飛ばすような乱暴なやり方でドアを開けられたらどうしようかと不安がよぎる。
消防隊員さんはドアの向こう側からドアを開けようと格闘。
時間が経っていく。寒い。
消防隊員さんは梯子を使って窓から入り、内側からドアを開けると言い出す。その時、突然ドアノブが機能して開錠。

ドアの向こうにはオレンジ色の制服を着た若い方が二人立っている。
父はパジャマで裸足。あれほど何か着るように言ったのに!
消防隊員さんたちは土足ではなく、靴を脱いで家に入っていてくれていた。良心的。
私と父は何度もお礼を言い、ご迷惑をかけてすみませんと言い、消防隊員さんたちは階下に降りる。50代くらいの責任者の方に、年末のこの忙しい時人命救助以外で呼ばないようにと叱られ、書類にサインをして消防車は引き上げる。
様子を見ている近所の人たちに詫びを入れ、庭の門のフェンスを閉めてその夜はおしまいになった。

ドアノブの取り替え

次の日、ドアの修理業者さんをいろいろ当たる。年末ですぐに来られないところが多かったが、やっと見つけて来てもらう。
家には内外12箇所のドアがある。数カ所のドアノブが傷んでいた。全部替えると大変な費用になる。
結局、件の私の寝室のドアと裏口のドアノブを換えてもらい、46200円支払った。
この家は築43年であちこち傷んでいるが、壁紙などは貼り替えなくても死なない。しかしドアが開かなくて出られなくなったり、家に入れなくなったら大ごとだ。潤沢な予算があれば全部リフォームしたいところだが、限りある予算は命に関わるところを優先して使っていこう。

父はドアノブを新しく換えたのが認知できないらしく、ガムテープを貼って私の部屋のドアが閉まらないようにしてしまった。

もっと最悪な事態もあり得る。


もしも私が帰省していなくて父があの部屋に入り出られなくなったら、電話もできないし、救助の人が家に入ることもできない。
またあの日は時間に追われていなかったらよかったようなもの、
例えば劇場でトイレに閉じ込められて出番に間に合わなかったりしたら舞台に穴が開く。
周囲に誰もいないと何日も放って置かれる危険もある。寒い場所で。
サウナに閉じ込められて出られなかった悲惨な話もある。
お風呂に閉じ込められて全裸で救助されるとかは考えたくもない。
パリの路上にある公衆トイレは、閉じ込められるのが怖くて入ったことがない。エレベーターで他人と一緒に閉じ込められるのは、別の意味で怖い。
そこで対策は、

結論

  • ドアを閉めたら開かなくなるかもと常に注意する。

  • 独りの時はスマホを肌身離さず持ち歩く。

  • 知らない建物に入る時は出来るだけ誰かと一緒にいる。二人で同じ場所に入らない。一人はドアの向こう側に残る。

その夜以来、私はすっかり風邪をひいて大晦日を迎えようとしている。
皆さん、良いお年をお迎えください。
2022年12月30日 


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