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16. 秋の蝉先頭のペンギン颯爽と

秋を迎え、蝉の声も小さくなってきた。先頭をいくペンギンは、暑い夏を乗り切って元気よく颯爽と歩いている。ペンギンたちの行列を見ている子供達の姿も微笑ましい。

16.  秋の蝉先頭のペンギン颯爽と

 1960年代、子供の時に動物園で見たペンギン舎の記憶は、南極の氷山らしき白い岩山とプールがあって、そこでペンギンたちが泳いだり、飼育員から魚をもらったりしているというものだった。上田一生の『ペンギンの世界』には、日本の動物園や水族館にはフンボルトペンギンが多く飼育されていると述べた後、

 「1980年代前半まで、日本の『ペンギン・プール』のほとんどに『氷山』があり、その上で温帯にしかいない(南極にはいるはずのない)フンボルトペンギンがくつろいでいる、といった光景が見られた・・・」そして「動物園・水族館の名誉のためにつけくわえておくが、現在ではこういう問題点はほぼ解決された。展示施設の多くは、展示動物が生息している野生の環境をできるだけ忠実に再現しようという『生態展示』の発想で改修されたからだ。」

 と書いている。私が子供の時に見た動物園のペンギン舎は、おそらく不自然なものだったのだろう。そういえば、ロンドン動物園でも旧いペンギン舎の床や壁は白く塗られていたが、新しいペンギン舎に氷山は無く、温帯の風景が広がっていた。南極に住んでいないペンギンを展示していたのである。

 ペンギンは群れて行動するが、特定のリーダーはいないのだそうである。最初の一羽の行動に従うのが彼らのルールだという。海に飛び込むときにも、海中には餌となる魚がいるけれど、天敵がいる可能性もある。最初の一羽が飛び込むのを見てから次々に海に飛び込んでいく。最初に飛び込んでいく勇気あるペンギンを、敬意を込めて「ファーストペンギン」と呼ぶ。人混みで混雑する中、初めて電車に乗った勇気ある「ファーストペンギン」が、JR東日本のSuicaである。南極からやってきたアデリーペンギンだが、名前は無い。初登場は2001年11月。画期的なICカードだった。岩田昭男の『Suicaが世界を制覇する』には、

 「エキナカから街ナカへのSuicaショッピング機能の拡大と、各社との相互利用を推進しての全国展開。地域限定の交通乗車券に留まることなく、その活躍する領域を広げていくSuicaは、『進化するカード』だった。」そして「しかしそれは日本国内だけの話であり、海外との相互利用は、まったく望むべくもなかった。このことが、やがてJR東日本の頭を悩ませることになる。」

 と書いてあり、この悩みを解決するためにJR東日本は世界を制する動きを始めたのである。幸いなことにSuicaの非接触IT技術であるフェリカが国際基準の一画を占めたことで、海外での相互利用に大きく近づいた。iphoneへのアプリ搭載を目指し、2016年には見事にその目標を達成する。多くの競争相手と戦って、世界共通の乗車券になることも視野に入っている。Appleにとって日本のマーケットが魅力的だったということもあるが、国内の海を泳いでいたペンギンは広い世界の海へも飛び込んでいったのである。

 人間の世界でも、新しいことに最初にチャレンジする人のことをファーストペンギンという。多くの人が、野球界のファーストペンギンとして野茂英雄をあげる。正確に言うと最初の日本人メジャーリーガーではないのだが、今活躍している多くの日本人メジャーリーガーの先駆けになったことは間違いない。2016年には「大リーグで最も重要な40人」の一人に唯一の日本人として選出されている。選出理由は「イチロー、松井秀喜、ダルビッシュら新世代の日本人大リーガーの先導役となった」ことだという。しかし、野茂英雄は『僕のトルネード戦記』の中で、次のように書いている。

 「僕は決して、初めからメジャー行きを勝ち取るために、球団に対して『複数年契約』や『代理人交渉』を要望したわけではありません。あくまでも近鉄といい形での契約を結ぶことができれば、球団に残るつもりでいました。でも、球団との間には接点が見出せなかった。だから、僕の昔からの夢であり、いつか実現したいと考えていたメジャー行きを宣言したのです。」

 これを読むと、必ずしもファーストペンギンになリたくてなった、というわけではなかったようだが、結果としては多くの人に勇気を与えたのは間違いがない。本の最後には、「僕に続く人々へ」として、

 「僕の活躍が励みとなって、大リーグを目指す人が出てきてくれたら嬉しく思います。僕がその道筋を少しでもつけることができたなら、それは素直に喜びたいし、僕を通じてメジャーの良さがわかったというんであれば、それは、それで嬉しい。」

 と素直に書いている。日本とアメリカの野球の違い、監督やフロントと選手、ファンとの関係、マスコミのことなど、野球が大好きな野茂の想いがストレートに表現されている。そして、野茂の文章の間にスポーツ・ジャーナリストの二宮清純が少し角度を変えたフォークボールのようなコメントを挟む。二人の文章は、日本の野球界の抱える問題点を浮かび上がらせると同時に、メジャーリーグを目指すセカンドやサードのペンギンに勇気を与えた。Suicaも野茂も課題を克服して世界を目指したのは同じである。

●上田一生『ペンギンの世界』岩波書店 2001年
●岩田昭男『Suicaが世界を制覇する』朝日新聞出版 2017年
●野茂英雄『僕のトルネード戦記』集英社 1997年 

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