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【広島商人】知られざる戦後復興の立役者(5)未曾有の大風水害

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5 未曾有みぞうの大風水害

 三日目、私は姉を探して、死の都を歩きまわった。
そしてピカドンの前日、債権などの割当て買受金額に対して、清酒の抱合わせにより、一升瓶詰三本の配給のあったことを思い出した。
この清酒とすこしばかりの食料とを、自宅前の空き地に、地下四、五尺掘り下げて、非常の場合にと思って埋めておいたので、疲れた体を休養するべく、この酒を掘り出し、谷間の小屋へ持って帰った。
 谷の夕陽は、姿を消すのがはやい。もう日はかげっていた。
 
 「いま帰ったよ」

 「お姉さんの様子、わかりましたか?」

 「 十日市の配給所の焼け跡も、講道館のすっぽ抜けの
  鉄筋コンクリート立の中も、本川ほんかわ小学校の
  残骸コンクリート建ての中も、みんな探したが、負傷者や死人ばかり
  身動きもできんほど集まっておって、目もあてらりゃあせん、
  悲惨なことじゃよ」

 「見当がつかんでしょうね。疲れたでしょう」

 「埋めといたお酒を掘り出して持ってきた」

 「味が変わっておらにゃあええが」

 「口のふたをあけてみるがよい」
 
  私はコップにうつして飲もうとした。
 
 「こりゃ酢っぱくなっておるじゃないか。だがまだ酒の香りはあるぞ」
 
 目をみはっておどいた房子は、
 
 「四尺も五尺も掘り下げて埋めておいたのに。
  でもお父さん、お酒じゃけん、少しずつ飲みゃあ
  薬になろうじゃあないの」
 
 これで三日目の夜も過ぎてゆく。

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4,112字
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この文章は昭和31年11月に発行された「広島商人」(久保辰雄著)の冒頭です。(原文のまま、改行を適宜挿入) 広島は原爆が投下された約一か…

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