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【怖い話】黒いコートの女(ショートショート)

 澤田は仕事で疲れた身体を引きずりながら、一人で暗い路地を歩いていた。吹き抜けた寒風が肌を刺す。路地の両側には古びた建物が並び、自分の足音が跳ね返る。

 そのとき、すぅーと人影が現れ、澤田の視界を横切った。
 黒いコートに身を包み、耳元で切り揃えられたショートヘアの女性が月明かりに浮かび上がる。

 滑るように通り過ぎるその女性の姿に目を奪われた。どういうわけか、昔からショートヘアーの女性に魅力を感じるタイプだった。
 街灯の明かりを浴びて、端正な顔の輪郭が浮かび上がり、都会的で洗練された雰囲気を漂わせている。

 澤田は、もう少し眺めていたいという感情を一旦抑え、反対方向の自宅に向かって歩き始めた。
 背後に女性が遠ざかるのを感じながら、その一瞬の出会いは、心にほのかな輝きを残したが、遠くの雷鳴が聞こえ、すぐに現実に引き戻された。

――小雨が降ってきた
 澤田が女性の姿をもう一度見ようと振り返ると、黒いコートの女性は、こちらを真っすぐ向いて立ち止まっていた。

 澤田は目の前の光景に驚き、一瞬体が固まった。
 さっき見たショートヘアーが、今は腰の辺りまで不自然に長く伸びている。
 女性の口元には微かな笑みが浮かんでいるような気がした。

 澤田は恐怖に気圧され呼吸が速くなった。一刻も早くその場から逃げなければと思った。
 最初、黒いコートのように見えたシルエットは、実は全身に巻き付いた髪の毛だったのではないか……。
 不気味な想像をかき消すように、澤田は全力で暗い路地を走り出していた。


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