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君は見たか 葦名の地で落ち武者の凄絶な死合を描く「SEKIRO外伝 死なず半兵衛」

 アーマードコア6が発売してはや一ヶ月。今をときめくゲーム会社フロムソフトウェア、そのARPGの傑作のひとつとしてエルデンリング・ソウルシリーズやブラッドボーンに並びSEKIROが有名だ。

 Steamでも高評価を受けており、すでに押しも押されぬ名高い剣戟アクションではあるが実はSEKIROにスピンオフ作品があることは意外と知られていない。
 最近はフロムもコミカライズに力を入れており、ブラッドボーンのアメコミ化などマンガ展開を積極的に行っている印象がある。ニキイチ先生のエルデンリングコミカライズも有名だろう。ただSEKIROではあんまり大々的に宣伝を打ってなかったようで、これだけいい作品なのに知らない人が多い印象が個人的にはある。もっともっと知られてほしいので今日はその外伝漫画、「死なず半兵衛」についてご紹介しよう。




半兵衛という男

 まずはSEKIROをプレイしたことがない人に向けて、簡単にSEKIROの序盤のあらましと半兵衛というキャラクターについて語っておこう。


 SEKIROとは、あるじを攫われてしまった孤独な忍び、狼(おおかみ)が主君を取り返すべく葦名の地を駆け巡る物語だ。
 主君を何者かに奪われ、地に伏し死にかけていた忍び・狼はかろうじて己の仕える竜胤の御子と再会できた。脱出を試みるが、本来狼とは敵対しないであろう宗家に当たる葦名家嫡男・葦名弦一郎の手によってなにゆえか御子がふたたび連れ去られてしまう。
 片腕を斬り落とされ、またも瀕死の状態の狼を助けたのは謎めいた薬師・エマ。弦一郎の思惑や葦名の状況を掴めないながらもひとまずエマの言葉に従い、協力者である荒れ寺の仏師から忍び義手を授かって狼は波乱の葦名城へと舞い戻る……。


 さて、ここで登場するのが我らのヒーロー、半兵衛どのである。


 いや、その、違うんですよ。あくまで事実を言ってるんですよ

 あの……信じられないと思うのだが、この落ち武者丸出しのみすぼらしいボロをまとった男はSEKIROの癒やしキャラのひとりと言われているおっさんだもんで……いや本当なんだよ。マジで。山賊とかじゃないから本当に。

 今回このスピンオフの主役を飾る半兵衛どのは、度重なる苦難ですっかり衰弱してしまった狼のカンを取り戻すべく荒れ寺で剣術指南を行ってくれる親切な人である。もともと狼も一流の師匠に鍛えられていて素人ではないのだが、訳あって長いこと死にかけで動けなかったので腕が鈍ってしまっているのだ。
 フロムゲーといえば裏切り……とやたら疑心暗鬼になる人もいるだろうし、たしかに半兵衛どのなりに理由があって狼に手を貸しているのだが、話しぶりに嫌味がなく時折茶目っ気もみせる愛嬌のある人物であることは間違いない。体を張ってSEKIROの戦闘システムを丁寧に教えてくれることからそれなりにプレイヤーからの人気は高い。…いやマジなんだよ!マジでこの落ち武者いい人なんだよ!!

 半兵衛どのがおれの幻覚などではなくちゃんといい人なのは実際にプレイして確かめていただくとして、本題であるマンガの紹介に移っていこう。


凄まじい画力で肉付けされた秀逸な外伝

 まずは無料で読める一話をどうぞ。


©山本晋 ©フロム・ソフトウェア

 この漫画は出だしのこの鬼気迫る画力が剣戟シーンで遺憾なく発揮される。始まりから終わるまでこのレベルである。なにも文句のつけようがない。

 本編ではオープニングムービーで目にすることになる葦名一心の国盗り戦、その真っ最中から半兵衛どのの物語が始まっていく……。
 狼に剣術を教えてくれる半兵衛どのが武者となったきっかけは……そして落ちのびることになったのはなぜなのか?荒れ寺に着くまでになにがあったのか?といった行間を見事に描いている。続きもぜひ買って読んでほしい。


本編のウラを突く設定の拾い方がすごい

 さて、この漫画はまだSEKIROを遊んでいない人でも理解できるように話が進んでいくが、本編を知っているとものすごく驚くポイントが多い作品でもある。


©山本晋 ©フロム・ソフトウェア

 葦名一心が敵の総大将、田村を討ち取った直後に半兵衛どのと斬り合うこのシーンだが、本編を知っている人だと「半兵衛とはこれほどの水準レベルだったのか!!?」ってなる。本当にそういう表情になりますこのシーン。

 なにがどうなっているシーンなのかを解説していこう。
 まず、ゲームの舞台である葦名は、とんでもない武芸者が鎬を削っていた修羅の国。そのなかのひとり葦名一心はがむしゃらに強者とぶち当たって勝負を繰り返す命知らずの稽古でメキメキと実力を顕し、作中ヒエラルキーではほぼ範馬勇次郎といっていいくらいの最強生物として君臨している。彼が国盗り戦を起こして有力者の田村氏を討ち滅ぼし、葦名を平定したことで葦名家の統治が始まるわけである。
 ゲーム本編で老いて病に臥せってなお異常なほど強い葦名一心が、経験を積みつつもまだ身体が十分に動いている伝説の剣聖としていっっっっちばん強かった全盛期がおそらくこの国盗り戦のときだと考えられるので、そのときの一心の初太刀を弾いている描写がなされたことで半兵衛殿もものっっっすごい剣士であることがわかるシーンなのだ。
 そこいらのザコはそもそも一心の太刀筋が見えないか押し切られて初撃で死ぬので、繰り出した一心自身が驚いたとおり一発目を受け流せる奴はなかなかいない。この時点で半兵衛どのは作中のパワーバランスでも中位以上のランカーであることが確定すると言っても良い。

 SEKIROを知っているプレイヤーは多少でも一心とやり合えるのを見た時点でそいつがどれだけヤバい奴か身体で理解できるのだが、それがチュートリアルおじさんであるはずの半兵衛どのとなると作中の強さランキングが激変してくるのである。なんか優しげで狼に剣を教えていた半兵衛どのがこれだけ強いとなると、半兵衛どのはメチャメチャ狼に気を使って手加減してくれていたということになるのだ……。
 本編での設定やキャラの力関係を踏まえた上で、うまく矛盾しないように編み込んでくるので「いやいや実はこういうやつだったんだぞ」と半兵衛どのの新たな一面が見えてくる。実は不死になった後に拾われた恩義で田村方についていて重用されたツワモノだった(なおかつ半兵衛どのは恩義に報いる真面目な性格であることを示す)という過去もうまく行間に挟んできており、これは原作補完としてはすさまじい腕前であろう。
 半兵衛どのがなぜ強いかというのも、実は不死になってしまったことを活かして実質的に一心と同じ実戦での戦闘訓練を繰り返し、そしてSEKIROでのプレイヤーそのものと同じように徹底的に敵の動きを覚えたから……というニクい裏付けがされている。


©山本晋 ©フロム・ソフトウェア

 細かいところでは、途中で出オチの噛ませ犬のように扱われる夜刀丸さんもギャグ要員ではあるのだが本編の葦名流を知っていると「かなり善戦したな」という評価に変わってくる。

©山本晋 ©フロム・ソフトウェア

 死体の数とセリフからして野伏せりの何人かは夜刀丸さんが殺ったことになるのだが、実はこいつら野伏せりではなくちゃんとした武家が身分を隠して人狩りに来ていることが後々わかる。
 葦名流は一心が死合しあいの中で使った技を記録した超実践剣法であり、本気で鍛えている奴らはそこいらの素人とは命の取り合いをする心構えからして違う。よって武家はいつでも殺し合いができるちゃんとした葦名流の薫陶を受けているはずだが、アマチュアの道場剣法レベルでやっていた夜刀丸さんがそいつら相手に1:1交換以上の成果を出しているのはマジでハンパなくすごい。相当本気で練習に通っていたのだろう。一見シリアスな笑いのシーンなんだが彼は讃えられるべき剣士だと言える。


©山本晋 ©フロム・ソフトウェア

 そのあとで耄碌と笑われた折れ直ならぬ折れ刀ジジイの半兵衛どのが「戦上がりの本物の殺し合い」を見せるのでこれまた引き立つ。素晴らしいワンシーンだ。
 このセリフも挑発して煽っているのではなく半兵衛どのが本気で「自分を殺してこの苦しみを終わらせてくれ」という意味で言っているのがわかるとより重みが増す。


「死なず」の殺し合いを魅せる素晴らしいコミカライズ

 ここで紹介した一話の内容だけでも凄まじいが、半兵衛どのの前に立ちはだかる敵も一筋縄にはいかない奴ばかり。ただ見目麗しい殺陣があるばかりでなく、どちらが最後に立っているかの泥臭い凄絶な殺し合いが展開されていく……。それはまさに、SEKIRO本編でもプレイヤーが頼みとしてきた自分の不死を織り込んだ戦術である。

 ゲーム本編と相互に価値を高め合う、非常によくできたコミカライズと言える。既プレイヤーにも読み応えがあり、未プレイならこれを読んでからSEKIROを遊ぶもよしだ。




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