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感情発火装置、単三電池が二個 ガールズバンドクライ感想

 おれは歌を歌うのが得意ではないのですが「人にやさしく」は歌い出しだけ今週通勤しながら四十回くらい歌っているので自信があります。

 この一週間、ちょっと信じられない言動を繰り返す取引先からバカ納期で意味不明な仕事を投げられアホ弊社が引き受けたために関係者全員が各部署でピリピリしながら業務をこなしていました。発注元に対しててめーら口に鉛詰めて沈めたろかくらいの気持ちで走りきったと思います。

 それで家に帰ってゲームするほどの時間もないしどうすっかなと思ってタイムラインを観ていると「井芹仁菜という女がブッ飛んでいる」との報を受けたもんで、ガールズバンドクライを観始めることにしました。アニメ観るのって三十分捻出できればいいので助かりますね。


※本記事にはガールズバンドクライ第6話までのネタバレが含まれていますのでご注意ください。


愛おしい作品

 この作品観てて思ったのが「こいつら全員若くて青くて愛おしいな」ということでした。

 井芹仁菜、たしかにヤバい奴なんですよね。SNSでネタにされてるとおり、とんでもないやつだし笑えるところもあります。彼女の言動だけ見るとだいたい活動の60パーセントくらいはイカれとるしめんどくせえと思うんですが、でもイカれとる裏には若さによる衝動性とバックボーンがあるので、総合して愛おしいやつという気持ちになる。
 安和すばるや河原木桃香もそう。若くて視野が狭くて足りないところがある。それでも自分なりに苦闘して生きるすべを模索している。とても愛おしい。

 こういう表現をすると安直でバカにしていると思われそうですけど、若いのが頑張ってる姿に自分を重ねるんですよね。全員自分より若くて自分の辿ってきた苦難の道をそれぞれ切り拓いているので応援したくなるというか、「その先にお前らの望む決着があって救われるといいな」と祈りたくなるというか、そういう気持ちになります。
 おそらく誰しもどこかしら彼女らの一部が掠るというんですかね、「井芹仁菜性」とか「安和すばる性」とか「河原木桃香性」みたいなのが程度によるところがあれど大なり小なり視聴者が持っていて、ベン図のように多くが重なるほど心が持っていかれる作品なのかもしれません。
 みんな本当に救われてほしい……。うーん……でも救われたらロックやる動機がなくなるから、やっぱ適度に苦しみ続けてほしいですかね(カス)


井芹仁菜

 じゃあなんか各キャラごとに好き放題言っていきます。

 絶妙な性格ですよね。他人の間違っていることに全部突っかかる愚直で短気でめんどくさいやつなんだけど、きちんと己を振り返る善性も持ち合わせた…というか振り返ってしまう不器用な奴というか。
 他人を許せない短気な人間がもっとも楽に生きる方法はとにかく自分のことを棚に上げて悪口を言いまくることなんですね。タイムラインに流れてくるpostの揚げ足を取りまくってこいつは頭が悪くて無知蒙昧だとか腐したり画面に映っている芸能人とかYoutuberとかの容姿とか行動の気に入らないところをずーっと1日中ひとりでブツブツ文句たれておいて自分が同じしくじりをしたときに甘々で許し続ける生活するのが楽です。自分の人生は何も進めないままなにかをやった気になれます。
 あるいは自分のしくじりを楽にするために他者のガバを許し続けるという論理で生きる手もありますがこれも結構短気な人間にはキツイです。

 仁菜ちゃんが生きづらいのはそれができないからですね。他人に突っかかるのと同時に自分のしくじりも同じくらいちゃんと気づいちゃうことだな~と思います。真面目ちゃんなんですね。
 人間は完璧ではないので、自分にはガバくて他人にキレるアンフェアなカスであったほうが生きやすいですし、部分的にそうであったほうが健康的でいいんです。誰も彼もが自然とそういう二重思考する性格悪い部分を持ち得ているのですが、仁菜ちゃんはすばるちゃんに完全に自分のやっかみで冷たくしてしまったということに気づいて自己批判してしまう一面があり美しいです。
 美しい奴は好きですね。そういう自分の首も相手の首も絞めながらキレる仁菜ちゃんのロジックが結構わかってしまうところがあって嫌いになれないです。

 井芹仁菜がなぜキレ続けるかというと「負けたくないから」という理由が根底にあります。
 相手のためとか正義のためとかじゃないんですね。だから仁菜ちゃんがダイダスのことで桃香さんを焚きつける時は「大変でしたね」とか労りの言葉はあんまり出てきません。「私の好きなダイダスでなくなったことにあなたも怒るべきだ!」とキレます。相手が傷ついているとか戦えないほど弱っているとかそもそも考えてなくて言葉のアドレナリンショットをぶっ刺しまくるのがエゴイスティックでいいんですよね。相手の立場を考えることが出来ない視野の狭さと潔癖さが若さを感じます。

 さらにその「負けたくない」という潔癖さがどこからくるか分解してみると"いじめ""ヤバい実家"がある気がします。
 実をいうとおれもかなり井芹仁菜だった時代があり、他人の言動の矛盾が全部許せない仁菜ちゃんの態度に勝手に重ねてしまうところがあります。
 靴を隠されるとか机が水浸しにされるといういじめの定番セットが劇中でさらりと描かれてますが、おそらくあれらのせいで井芹仁菜は自分で自分の正しさを信じるしか生きる道がなくなっている状態なんではないかと思いますね。
 たとえば授業が始まって机の中に教科書がなくって、探し回ったらゴミ箱から破かれまくって見つかる。そこでいっとき授業を中断すればいいものを教師は一部始終黙って見ていて、関わったら面倒なので何事もなかったかのように板書にうつる。家に帰って耐えきれずそれを家族に泣きながら話しても「だから?」「まさか学歴を落とすつもりじゃないだろうな」とだけ返されて、ひとり自室でテープで教科書を貼りあわせながら丹田にマグマを煮えたぎらせる。こういう味方がいない生活を数ヶ月とか数年間続けると誰も信じられなくなり、首を吊って死なないでいるためには自分の正しさを信じて意固地になるしかないんですね。

 とどのつまりランボーなんですよ。生きるか死ぬかを強いられた生存者の思考回路をしている。仁菜ちゃんはベトナム帰りのサバイバーみたいな精神状態だと思います。自分を守るためにすべての攻撃者に対して臨戦態勢になるしかない。自分がいじめられることを黙認していた連中と同じになりたくもないから自分の過ちも許せない。間違っていることに対して間違っていると叫ぶことが、あの日誰にも助けてもらえなかった自分を救済する方法だと思ってるんじゃないですかね。
 めちゃめちゃ歪んだ奴ですよね。歪んでるけど彼女にとっては「負けてクソみたいな実家で腐って死ぬか、自分を救ってくれた桃香さんの正しさを証明して勝って生きるか」のふたつにひとつだと思いこんで生きてるので、命かかってるマジの歌を腹の底から出せる。ダイヤモンドダストだけを支えに生きてきたから、それだけはどうしても命をかけて取り戻したい。本気で生きてるからかっこいいんです。

 そういう究極のエゴイストでありつつも、少しずつ人間的にデカくなっているのも魅力ですね。すばるちゃんのおばあちゃんの件で「人それぞれ違うこと考えてるだけで悪意とは限らんのかもしれん」と思い始めたり、桃香さんとのぶつかり方も変わっていくのかもしれません。
 おれが折れて他人と自分を許すように生き始めたのとは違う結末を貫き通してくれそうでもあり、おれもまたあの日誰にも助けてもらえなかった自分の誇りを仁菜ちゃんに救ってほしいと思っているのかもしれません。


安和すばる

 好きですね。この人も好き。こういう人に殺されたいね。

 一見すげー近寄りたくないタイプのコッテコテのぶりっ子で、おれが仁菜ちゃんと同じくらいの年嵩だったら第一印象で「ウゲぇ~!」と思うんだろうけど、今この歳になって彼女の本性を見ると本当に好きなタイプですね。自分がだらしないぶん自分よりしっかりしている女性が好きなんで。

 すばるちゃんは将来に悩んでいるといえど、すでに自分の考え方を確立して自分の振る舞いを自分で管理できていてすごいな~と思います。
 なぜあんなおしとやかなお嬢様スタイルで周囲にウソをつき続けるのかといえば、肉親であるおばあちゃんを本心から笑わせてやりたいから。目的のために自分を抑えてコントロールすることができる。はっきりとした考えのもとどうすべきか決めてそれを実行する精神の強さが素晴らしい。
 それでいて本性はゲーム好きで、メッセージアプリのアイコンもガスマスクしただいぶハードコアなゲームキャラっぽいのが味があります。こいつたぶんスクールの友達用と腹割って話せるダチ用にアカウント分けてんな?
 自分の本当の姿を出せないっていうのは結構ストレスあるし孤独なんじゃないかな……。「自分が自分のままでいたいのに!」という苦しみを抱えつつも、それでも演じ続けていく。こういう優しい二面性みたいなのは好きですね。おれも事情があってSNSのアカウント分けてるので見せなきゃいけない自分と見せちゃまずい自分がいるのはわかるし、すばるちゃんの悩みに重なるところがある。おれの中のベン図がますますガルクラに重なってきました。

 仁菜ちゃんとのぶつかり方も天才的にうまいですよね。
 井芹仁菜という人間は一回手のうちを見せて誠実に向き合わないと永遠にキレ続けるので、それをすぐさま理解して一度機会を作って話し合う。「仁菜ちゃんはどう思う?」とボールを投げてるのも秀逸で、理不尽な出来事にキレること自体が目的になっている仁菜ちゃんに「この問題で困ってるのは私なんだけど、あなたがどうにかしてくれるってこと?」と遠回しに冷水をぶっかけているのが冴えている。物理的に冷水ぶっかけられたのはすばるちゃんなんだけど、すばるちゃんからも結構ヒエッヒエのナイフを投げつけてますよね。
 井芹仁菜というぶつかり星人の論理を完璧に理解しとるので、仁菜ちゃんが反論できない状況にもっていって関節技を極めるのが超うまい。言葉のレスリングにおいて霊長類最強なんじゃないでしょうか。

 すばるちゃんは、それでいて仁菜ちゃんのやりたいことを折らない優しさがあって素晴らしい。
 もっとやり方があるでしょ!とか言いはするんだけど仁菜ちゃんが間違ってるとは思ってなくて、ある種の正しさがあることをいつも認めてくれている。どう解消すればいいかわからないがむしゃらなエネルギーの塊をうまく導いている水先案内人のようなもので、ニーナがエンジンだとすればこの人はクラッチ。"航海"に名の由来を持つ女神プレアデスに相応しい性格してるんですよね……。
 人と人とはぶつかり合わなきゃわかんないこともある、ということは理解したうえで、「でもぶつかり方ってもんがあるでしょ?無軌道な暴力じゃなんも解決しないから一緒に考えようよ」と手を添えてくれる。否定から入らない度量の深さがあり、極めて誠実な人柄だと思います。
 おかげでダイダスのライブに二人で行っちゃうことを提案したとき思わず抱きつくくらい絆が深まっている。2話の時点では想像できない距離感ですよね。

 ドラム……。ドラムって感じの性格だよな……。この人がビート刻んでなきゃマジでこのバンド成り立たねえ。ありがとう安和すばる、あなたの献身で川崎の治安は保たれている。


安和すばるに殺されたい

 すばるちゃんを見ているとこういう人に殺されたいなという気持ちが芽生えてきますね。似た概念でいうと「黛冬優子に殺されたい」あたりが伝わる人には伝わるかもしれません。

 いや、こう、う~ん……もう少し言い換えると


 辺見ちゃんがスギモトに抱いている感情に近いかな。

 優しくて、強くて、思いやりがあってきっと自分のことを覚えていてくれるだろう……と感じたらそういう人に殺されたいと思いませんか?
 自分という人間に納得がいってなくて不快感を抱えていても、正しい人に殺されれば「ああ、この死はとても美しくて気分がいい散り際だな…」と思えるに違いない。自分の最後の煌めいた瞬間を、世界でいっとう優しい人に覚えていてほしい…。きっと公正で責任感の強いこの人は忘れないでいてくれる。
 有意義な死が約束される安心感っていうんですかね?この人に命を託せたら幸せだなと思わせるものがすばるちゃんにある気がします。恋愛というより信仰かな。五位の入道が阿弥陀仏が答えると確信して西に向かう感覚に近い。

 でも別にすばるちゃんに前科つけたいわけじゃないし、いい感じに盛り上がってきたところでシャチとかに殺されたいな……。


河原木桃香


 桃香さんは桃香"さん"であり桃香"ちゃん"でもあるところが良いですね。

 劇中ではメンバーのなかでも歳上で、お金を出してあげたりといった大人な一面が強調されるんですけど、やはりそうは言っても20歳ってまだ下の子の面倒見る余裕はちょっとない。頑張ってお姉さんをやろうとしているところがいじらしいし健気です。「法律上は大人ということになっているけど中身が伴った大人になるのってまだまだ時間かかるよね」って。

 仁菜ちゃんの不器用さがものすごいのでわかりづらいんですけど、桃香さんも負けず劣らず口下手ですよね。
 桃香さん、仁菜ちゃんが何かを達成したときもわりと褒め言葉とかより先にからかいが出るので、仁菜コントロールが結構ヘタクソなんですよ。たぶん他人には礼儀正しいけど身内になると雑になるタイプ。1話とか2話でまだバンドに入りきれていない仁菜ちゃんにはちゃんと謝ったり声や心を褒めてるんですけど、メンバーになってからは意地張る場面が多い。
 「手間かけさせて悪いな」とか「やるじゃんか」とかちょっとした一言で信頼って深まるんですけど、メンターの立場をとりながらいまひとつ指導者になりきれていない。というか歳下のすばるちゃんのほうがその辺がうまい。ああ、若いな……でも20歳ってそうなんだよな…そうなんだよ……。
 個人主義で距離を取ることが大人の振る舞いだと思っているフシがあり、それは正しいは正しいんですけど、「バンドってぶつかるもんだからな」と自分自身が言っていたことに矛盾するのがまた仁菜ちゃんに油注いでる気がしますね。「私に負けるなって言ってくれたのにどうして桃香さんは一歩引いてるんですか!!」という主張にも一理ある。
 セルアウトで作風を曲げなきゃいけないのが嫌だったこと、それでもダイダスのメンバーのことが好きだったから悪く言いたくなかったこととかも別に話して恥ずかしいことじゃないのにね。おれも「てめーッ!!ロックバンドのライブにサイリウム振ってんじゃねー!!!!」とか思う派なので。それを言えない奥手さ、みたいなものが桃香さんの中にわだかまっている。

 ガルクラってそのへんの「この年齢だとたぶんこう」というシミュレートが上手くて、この子くらいだと世の中に対する視野がこんくらいかな~…とかこういう人生経験してたらこうかな~…って人物造形が巧みだなあと思います。
 桃香さんは主要メンバーのなかで歳上なので、ある程度上の年齢層の視聴者からは重なるところもあるけれど、やっぱでも若くて微笑ましいなってところもあって良いですね。


突っ走っていってほしい

 井芹仁菜、どうかすべてを突き破って月までブッ飛んでいってほしい。でも月まで行ってそこから見る地球の青さに涙してほしい。

 実は都会に出てきた仁菜ちゃんの周りって結構優しい人が多くて、お隣さんもそうだし、1話の場所取りで喧嘩したベースとドラムのストリートミュージシャンも「しょうがねーな今はちっとチカラ貸してやるか」とちゃんと空の箱に合わせて演奏してくれる温かさが散りばめられていて、それに仁菜ちゃんが気づいていない。だけどすばるちゃんに出会ったり安和天童さんの事情を知ったりで、少しずつ他人の気持ちや考えが想像できるようになってきた。
 ハリネズミになって自分の誇りを守るために荒れ狂う仁菜ちゃんも好きなんですけど、周りの小さな無数の善意に助けられていることが見えるようになった(なってしまった)仁菜ちゃんはどういう歌を歌うのかな、といった部分も楽しみに見ています。


 井芹仁菜、存分に悩み苦しんで声を張り上げてくれ。


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