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ニセモノの錬金術師という本物の漫画の話をしたい

 読書の秋。三連休だ。
 きょうはそんな秋にちょうどいい「ニセモノの錬金術師」という漫画の話をする。

 もともとは「異世界でがんばる話」として漫画家の杉浦次郎氏がpixivに連載しはじめた作品だったが、のちにkindleで読めるようになった。
 こちらのほうがアプリで読めるし、少し利益(ピエピ)が杉浦さんに生じて作家に還元できるらしいのでおすすめだ。


どんな話?

 ひょんなことから異世界に転生してしまったごく平々凡々な男、自称・パラケルススが錬金術を生業としつつアクの強い人々と関わりながら生きていく作品。
 人手不足に困り果てた彼が、とてつもなくがめつい奴隷のノラを買うところから思いもよらぬ方向に話が転がり始める。


ネーム(下描き)でありながら重厚に描かれる物語

 この作品は一話を読むだけですぐにわかるが、完全に杉浦次郎先生のやりたいこと……つまり趣味で描かれているため重要なところ以外はネーム(下描き)で表現されている。

 商業誌で「僕の妻は感情がない」を連載しているとおり、べつに画力がないということではない(むしろ個性が確立された絵を描く)が、スピードを優先するためものすごく省略されていて、そこが気になる方もいるとは思う。

下描きのマンガの何が面白いのか

 まずニセモノの錬金術師が面白い理由としてよくファンに挙げられるのは、「世界観設定がものすごくしっかりしている」そして「作った設定が作品に組み込まれて活きている」ということだ。

 ニセモノの錬金術師で舞台となる世界には、我々の世界とは違う物理法則や世界のルールが存在し、それを使った技術である呪術や錬金術、魔術といったものが生活の中に取り入れられている。
 たとえば、作中世界では”同時に作られた極めて近い似たものは片方に起きたことがもう片方にも起きる”という「照応」の現象があるのだが、それが来客を知らすベルに使われていたりする(ちなみに宇宙と人間の照応理論については我々の現実世界でもパラケルススが提唱している)。



©杉浦次郎



 もちろん、「照応」という現象があるのなら来客ベルにしか使わないなんて法はない。主人公が属する錬金術協会はコインを一対つくり片方を火にくべるなどし、これを「温める装置」として協会員に渡していたりする。ほかにもこの照応現象を使ってものを作ったりするキャラクターが登場したり、作中の設定は随所で再登場するためまったく腐ることがない。「それをそういう使い方するのか!」が面白いマンガなのだ。


どのキャラもそれぞれの信念で動いている

 先程は一般的にどうかという点を挙げたが、個人的にこのマンガの面白いところを挙げるとするとこれだと思う。どの人物もみな考えていることがあり、それぞれ少しずつ違う方を向いていて、その信念に沿って動いている。


©杉浦次郎



 パラケルススは底抜けにお人よしで他者が気になってしまうし助けたい。助けたいがゆえにわりと自分のことはおざなりになる。ノラは金勘定にうるさくありとあらゆることを損得で考えたがるが、だからこそ金を受け取ったぶんの仕事はするし、約束に関して小狡いことはしない。


 これだけでもキャラクターの行動に説得力を与えて面白いのだが、さらにこれはメイン人物だけでなく物語に登場する非常に多くのキャラに通底し、敵であろうが味方であろうがそれぞれ違う考えがあり、いくつかの側面を持っており、利害によって協力したりしなかったりする。
 ものすごく性格が悪くて陰険でイヤ〜なやつもいるが、ただ性格がイヤ〜なだけで終わるわけではなくイヤ〜な性格になった理由がきちんと存在したり、主人公のパラケルススくんと敵対しているキャラでもそれはそれとしてプロとして律儀に頼まれた仕事をこなしたり他人の生活を守ったりする一面があり、単純に嫌なだけで終わる奴がほぼいない
 これは作者である杉浦次郎先生がポリシーにしているところでもあり、「ただ嫌なだけのやつを描きたくない」というようなことを描きながら語っている。そのため、嫌われるためのヒールとしてそこにいるだけの道具みたいなキャラクターはほぼ存在せず、どいつもこいつもそれぞれ人間臭い魅力を放っている。

 また、「キャラクターがどのような行動を取るか」という表現にも非常に幅があるのがこのマンガの良いところだ。
 一般紙で連載しているマンガならなかなかやりづらいが、たとえば交渉材料として性的な手段を用いたり(※注…本編自体は全年齢向けで直接エロは出てこない)、あるいは腕一本を代償にして敵を陥れるといったことにも躊躇がない。
 そのあたりは杉浦次郎先生が同人や成人誌でも活動していたことが活用されているのだろう。タブー的なもので蓋をしないで作品を練り上げるところが優れている。


不器用だけど愛情に満ちた人々の物語

 ニセモノの錬金術師はそうした魅力的なキャラクターがときにぶつかったり、ときに語り合って化学反応を起こしながら物語を織りなしていく。きっと第一部が終わる頃には「あいつのこと好きだな…」と思える奴がひとりふたり出てくるだろう。


 これ以上作品について語ってしまうとさすがにスポイルしてしまうのでこのあたりにとどめておくが、とても面白い作品なので読んでみてほしい。なんせ面白すぎて第百部まで出ているので……(すっとぼけ)


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