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【小説】「静鼓伝」(一)

【あらすじ】

 静御前は母・磯禅師とともに讃岐の地を訪れ、剃髪し僧侶になった。静は源義経との別れの際、彼の形見として授かった小鼓「初音」を大切に持ち歩いていたが、かつての侍女・琴路が彼女のもとを訪れたときには、その鼓はなくなっていた。静が「初音」を手放した背景には、亡き母の深い愛と教えがあった。香川県東部地域に実際に伝わる静御前伝承がもとになった作品。





 母は私の小鼓の音色をたいへん気に入っておられました。

 あの鼓――「初音」の打ち方にはコツがございます。まず全身に余計な力が入ってしまっていては、優れた音色は生まれません。打つ位置をここと定めましたら、右手をしなわせるように一息にそこを打つのです。革の面に触れる刹那、閉じ込めていた力を一度に解きはなつようにして打ち鳴らすのがコツです。するとまるで春の野に聞こえる可愛らしい小鳥の鳴き声のような、柔らかく澄んだ音色が生まれます。その音と低級な音との違いは、それらを聴きくらべたものにしかわからぬでしょうが、ひとたび「初音」の音色を聴いたものはだれもが、その音楽の虜になるのでございます。

 いまになってこのようなことをあなたにお話ししても、甲斐のないことではございますが……。

 ――起きぬけの静はそこまで話し終えると、白っぽい唇をきゅっと閉じ、つづけて薄い瞼をゆっくりと閉じた。両の瞼はかすかに震えていた。


 枕元で話を聴いていた琴路は、幼い頃から仕えてきた主人のいつになく弱々しい口調に、漏れそうになる吐息をこらえるのがやっとだった。「白拍子」の名手として都中に名を馳せた「静御前」の在りし日の面影は、もはやその人の一挙手一投足のどこにも残っていない。それでも、目の前の女性の凛とした品のいい顔立ちは充分に美しく、あふれるような優しさに満ちていた。

「願わくば私も、初音を奏でてみとうございました」

 琴路はいつものように無邪気に、そして快活にふるまうようつとめた。昔から姉のように慕うその人を、少しでも元気づけたくて。

「初音をおなくしになられたことは、本当に残念なことでございました」

「ええ」

 静はそれだけ言うと、再び深い沈黙のなかへ帰っていった。さきほどまでみていた夢路をさかのぼろうとする、むなしい努力のようなその沈黙が、琴路には悲しかった。

「今朝は、鼓の夢を見ておられたのですか?」

 琴路がたずねると、静は永い眠りからようやく覚めたようにはっとして、しばらく何かを考えこむような顔をしたあと、言った。

「いいえ。大勢の小鳥たちが空を渡る夢を見ておりました……」



 冬の朝の清澄な光が草庵の中に満ちていた。

 この庵に女三人で住んでいた頃、琴路にはこの住まいがずいぶんと狭く感じられたが、二人になってしまった今となっては、むしろ広すぎるくらいだった。今朝は風の音ひとつなく、庵の裏の林で小鳥たちがさえずる声だけが聞こえてくる。戸外から漏れる光のなかを微細な埃がたくさん舞っている。外は久しぶりの晴天だった。


 六年前、源義経と別れた静御前は、吉野の山中で捕えられ、母・磯禅師らとともに鎌倉の将軍のもとへと引き渡された。

 静たちの鎌倉への出立の直前、侍女であった琴路は磯禅師の命によって国許へ帰されることが決まった。琴路はものごころついたときから仕えてきた静たちのもとを離れることを泣いて拒んだが、磯は、先行きの見えない不安な旅にじつの娘よりも年少の少女を同行させることを許さなかった。

 静たち母娘が鎌倉をくだったあと、磯の故郷である讃岐の地へ二人が逃れたと耳にしたとき、当時まだ十五歳の少女だった琴路は、その地を目指して自らも出立を決意した。

 琴路は心細い異国の旅路を、静と磯の姿をもとめてたった一人で歩きつづけた。行く道にあてはなく、近江国八幡の生家が恋しくなることもたびたびあった。けれども立ち止まらなかった。讃岐の片田舎の湖のほとりに小さな庵を結び、僧侶となって暮らす二人との再会は、琴路にとってほとんど奇跡のような出来事だった。

 それから、女三人で手を取りあう三年の月日が、夢のように足早に過ぎていった。

――悲しみは突然、やってきた。

(つづく)

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