「異星人」【短編小説】
我が家に異星人がやってきた。
ずいぶん丸々と太った異星人だった。彼は縦にも横にもおよそ一二〇センチくらいある体を左右にいちいち重心を移動させるようにしてゆっくりと動かした。そんな彼の歩みはとてつもなく緩慢だった。
私は異星人をリビングに通した。彼は異星人にしては小柄な方だと私はなんとなく高を括っていたが、彼がリビングのソファーに座ったとたん、私たちの部屋はずいぶんと狭く感じられてきた。
「地球の部屋はどこも手狭です」と異星人は私の心を見透かしたように言った。「私のやってきたところに比べれば」
「あなたがやってきたところというと?」私は訊ねた。
「宇宙の彼方です」と異星人は言った。
「ねえ」妻が私の耳元にささやいた。「水がいい? お茶がいい?」
「本人にきいてみなよ」
「コーヒー出して大丈夫かな?」
「お水でお願いします」異星人が妻の目をまっすぐに見て言った。
間もなく、水道水をたっぷり入れたガラスのコップがリビングのテーブルに置かれた。
異星人はあっという間にコップを空にして、
「東京の水道水はおいしいですねえ!」と大声を出した。
「それは良かったです」、それから妻はにこやかに異星人と談笑した。
帰り際、異星人は私に、
「良い奥様ですね」と言った。「私も地球人の恋人を探しています」
私は異星人に妻を褒められて悪い気はしなかった。私は彼に、東京でいま流行っているという「マッチング・アプリ」の使い方を教えてあげた。
それから、毎週末、わが家には異星人がやって来る。
(終)
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