「煙草」【短編小説】
深夜、仮設された喫煙所で、数年ぶりにゆかりと再会した。冴えた三日月の光が、懐かしい横顔を照らしだしていた。
「いつのまに、煙草なんかおぼえたんだよ」
振り返ったゆかりは目を丸くして、まっすぐにおれを見つめた。
「ようちゃん?」
こころなしか目の前の細面には、会わなかった月日以上の時間が流れているような気がした。
「こっち、帰ってたん?」
「台風の予報きいて、有休とった」
「そう」
「……親がもう年寄りやから、心配でなあ。二年ぶりの帰省だよ」
「香奈ちゃんたちは?」
「向こうにおいてきた」
地元で出会った香奈と、東京で家庭をもつまえに、ゆかりとは長いあいだ付き合っていた。彼女がいまでもこの町に暮らしていることは、風の便りにきいていたけれど、まさか避難所が同じになるなんて。
「あんな狭いところで、みんなよう寝られるわ」
公民館の建物をゆかりは顎で指して言った。
「一晩かぎりだよ。ほら、雨もやんだし」
おれは窓の外を見て言った。
ぼんやりとした電灯の明かりから離れたところにあるパイプ椅子にゆかりは座っていた。薄い闇に閉ざされた微笑の下に、小さな煙草の火があった。
「ようちゃん、元気そうで何よりや」
ゆかりは残りわずかになった煙草を灰皿に押しつけた。
「お互いにな」
ゆかりは黙っていた。
小さくなった煙草を、それでもゆかりは捨てようとしなかった。
「あしたは、晴れそうやな」
「……」
煙草の煙がおれとゆかりとのあいだに分厚い雲のように流れていた。ゆかりは薄い笑みを浮かべて、夜の闇を眺めつづけた。
二人はぎこちない微笑のまま、闇へと溶ける煙の行方を目で追いかけた。
(終わり)
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