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「波音~春の台所」【詩】

偶然、
学生時代にきみがつけたノートをみつけた。

みたいな春がやってきた朝。
ぼくらの新居は築二十年のアパートで
隣には顔のない子持ちの夫婦が住んでいる。
引越しはようやくいち段落つきました。
あ、海だ。
波打ち際に
ひとつの歌が落ちている。
ノートにはさまざまな色の付箋が几帳面に貼ってあって
そのひとつひとつに確信をこめた文字たちがおどる。
ふたりの潮騒は
鳴ったりやんだりをくりかえして
こんなところまで来たんだね。
贈られた品のひとつひとつが
きらびやかなこの台所まで。
傷口には
アイデアを塗りこめ。
生活の細部への
慈愛に満ちたアイデアを。
しみます、しみます。
それはときどき、とてもしみます。
ノートには破った形跡がある。
そこにはどんな言葉たちが
どんな顔をして待機していたのだろう。
潮騒。
って、すてきな言葉だと思わない?
待機、
よりは少なくとも。
ねえ、そんなことより、
これ、見てよ。
古ぼけた海の家で
生まれてまもない少女のきみが
あどけなく笑っていたという
やらかな時が波打っている。
そういえば
冷凍庫に
カレーパンがあったっけ。

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