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「ソメダさん・断章」【掌編小説】

 「見下してる」ソメダさんは憤然として言った。「あの言葉、わたし、大きらいなの」

 私は突然のことにびっくりして、「どの言葉がですか」と言った。

 すると彼女は、食堂のテレビ画面を顎で示して、
「口にもしたくない」と言う。

 テレビ画面には、最近よく様々なメディアでその顔を見かける某IT系ベンチャー企業の社長が映っていた。番組のテロップには、『令和時代の人材育成』とある。

「……“人材”って言葉なら、とっくに人口に膾炙した、ごく一般的な表現だと思うんですけど」

「見下してるわ」

「みんな普通に使ってますよ」

「嫌な時代に社会人になってしまったよね、私たち」

 社会人5年目のソメダさんの視線はすぐにテレビ画面を離れ、手元のカレーライスに向かった。

「たとえばね、カレーライスを作るとしたら、」とソメダさん。「食材は、タマネギとニンジン、ジャガイモと、牛肉と」

「うちは豚肉です」

「そう……。ともかくも、そういった食材が必要だけどね。それはカレーの立場に立つとそうかもしれないけれど、“食材”と呼ばれる野菜の立場に立ってみたら、『カレーがなんぼのもんじゃい』と思っていると思うのよ」

 私はソメダさんの言わんとしていることがわかるような、わからないような気がした。

「ね、クワちゃん、あなたが一つの“食材”だとして、あなたにとってのカレーって何?」

 私にとってのカレー。「それは、難しい質問ですね」

「でしょ? “人材”なんて呼ばれる私たちは、何かの一部になるために、働いているのではないのよ」

 私は彼女の言うことが、わかるようで、さっぱりわからないと思った。

 私より先に大盛のカレーライスを食べ終えたソメダさんは、虚ろな心でじりじりと虚空を睨んでいた。

(終わり)

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