あっきー / 桑島明大|詩と小説

小説家 / ミュージシャン / noteには主に詩を投稿しています / 2023香川菊…

あっきー / 桑島明大|詩と小説

小説家 / ミュージシャン / noteには主に詩を投稿しています / 2023香川菊池寛賞奨励賞、四国新聞読者文芸年間最優秀賞、2022伊豆文学賞優秀賞など/ 香川県出身 / 人の心を見つめつづける時代おくれの男になりたい

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『大いなる一瞬のための70万時間』【短編小説】

「そこのお兄さん。お兄さん、きみだよ、きみきみ」  帰ろうとしたところを呼び止められた。しわがれてはいるがいきいきとして明瞭な声が背後に響いた。僕はすこし躊躇ったが、仕方なく踵を返して、テーブル席に不安定に腰掛ける老人を振り返った。 「きみは、〝大いなる一瞬のための70万時間〟について、どう考える?」  僕ははじめて見るその老人を、瞬時に「ソクラテス」と命名した。おそらくは哲学に分類されるであろうその問いかけと、かれの浮浪者じみた身なりが、僕のイメージするソクラテス像そ

    • 【小説】「静鼓伝」(三)

      【あらすじ】  静御前は母・磯禅師とともに讃岐の地を訪れ、剃髪し僧侶になった。静は源義経との別れの際、彼の形見として授かった小鼓「初音」を大切に持ち歩いていたが、かつての侍女・琴路が彼女のもとを訪れたときには、その鼓はなくなっていた。静が「初音」を手放した背景には、亡き母の深い愛と教えがあった。香川県東部地域に実際に伝わる静御前伝承がもとになった作品。  *  初音は、静にとって命よりも大切な鼓だった。  中国伝来の名器である初音は、後白河法皇から平清盛へと下賜された

      • 【小説】「静鼓伝」(二)

        【あらすじ】  静御前は母・磯禅師とともに讃岐の地を訪れ、剃髪し僧侶になった。静は源義経との別れの際、彼の形見として授かった小鼓「初音」を大切に持ち歩いていたが、かつての侍女・琴路が彼女のもとを訪れたときには、その鼓はなくなっていた。静が「初音」を手放した背景には、亡き母の深い愛と教えがあった。香川県東部地域に実際に伝わる静御前伝承がもとになった作品。 * ――悲しみは突然、やってきた。  その日、長尾寺と静たちの庵とを結ぶおよそ一里の道のりには、昼過ぎから粉雪がちら

        • 【小説】「静鼓伝」(一)

          【あらすじ】  静御前は母・磯禅師とともに讃岐の地を訪れ、剃髪し僧侶になった。静は源義経との別れの際、彼の形見として授かった小鼓「初音」を大切に持ち歩いていたが、かつての侍女・琴路が彼女のもとを訪れたときには、その鼓はなくなっていた。静が「初音」を手放した背景には、亡き母の深い愛と教えがあった。香川県東部地域に実際に伝わる静御前伝承がもとになった作品。 *  母は私の小鼓の音色をたいへん気に入っておられました。  あの鼓――「初音」の打ち方にはコツがございます。まず全

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        『大いなる一瞬のための70万時間』【短編小説】

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        • 短編小説と、その習作です。
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        記事

          「竹 夭」【詩】

          恋しても 心をこめなきゃ 亦、の機会に 女が家に 嫁いでから いつも男は 責任転 嫁 転がされるのは 女ばかりで 虫がうるさい工場の窓に 虹がでるなら それもよい 読んでしまえば 売っちゃいなさい 言葉はきっと残るから 象の象徴としての像 馬が区内を駆けまわる 水辺のある林は淋しい 竹の下で夭折した人を 笑っちゃうのはどうかと思うが

          「A bed」【詩】

          ここのベッドは ずいぶんといいやつらしい ありがたい と母はいう ありがたい とおじいちゃんはいわない この人はそのえがたすぎるありがたさを よわったからだのどこかでかんじているだろうか まるでむつかしい本を読むみたいに みけんにおおきなしわをきざんで きょうもあさから いたい、いたい、とばかりいう 豪快に生きてきたと だれかにききました そしてこれほどまでにすてきなベッドにむかえられ あいかわらずふきげんなかれのぶんまで 母はありがたいという わたしもありがたいとおもう あ

          「けうなふたり」【詩】

          ほんとうのともだちは あなたのはなしをさいごまできいてくれたひと あなたの長いはなしを うちゅうきぼに長大なはなしを さいごまできいてくれたひと そんなけうなひとに わたしがなりたいといったら あなたはおどろくでしょうか だからあなたも わたしのはなしをさいごまできいてくれたら うれしいな そしてほんとうのともだちになろう うちゅうきぼに けうなふたりになろう

          「けうなふたり」【詩】

          「繭を捨てる」【短編小説】

          「落とされましたよ」  背後で鋭い声がしたので振り返ると、背の低い中年男が私を見上げていた。 「落とされましたよ、これ」  男の右手のひらには楕円形をした金色の繭のようなものが乗っている。それはたとえるならテレビタレントが胸に付けるピンマイクの先のスポンジの風防のようなものだ。風が吹くと飛んでいってしまいそうなくらい、小さくて軽そうである。 「いえ、私のじゃないです」 「そんなことはないでしょう」 「ごめんなさい。私じゃありません」 「では、これはいったいなんな

          「繭を捨てる」【短編小説】

          たしか成田空港の本屋さんの洋書コーナーにも『IKIGAI』があった。神谷美恵子氏『生きがいについて』が、外国の人にも読まれていることをその時はじめて知った。「起きる理由」のある朝が毎朝訪れることの素晴らしさ。日本語が海を渡り、人の生き方をかえている。

          たしか成田空港の本屋さんの洋書コーナーにも『IKIGAI』があった。神谷美恵子氏『生きがいについて』が、外国の人にも読まれていることをその時はじめて知った。「起きる理由」のある朝が毎朝訪れることの素晴らしさ。日本語が海を渡り、人の生き方をかえている。

          「魔女」【詩】

          魔女にはじめてあいました ある暑い日の昼下がり あなたという魔女に わたしはあなたが魔女であることが 一目でわかった あなたはどこにでもいる ひとりの少女のような目で わたしに魔法をかけました わたしはいまでは そのことさえも忘れてしまって いまでもあなたのそばにいる それから わたしはあなたが魔法をつかうのを ついに一度もみたことがない だけど わたしはおぼている わたしだけがおぼえている あなたがわたしだけにかけてくれた 魔法のやさしさを

          「朝」【詩】

          どうしたの 夜明けみたいな顔をして いまだに月がひっこまないから きみはきのうなのか きょうなのか どうしたの 夕焼けみたいな顔をして あっというまに日は落ちるから きみはぼくのことがきらいなのか どうしたの 真夜中みたいな顔をして そんなに朝をまちこがれるなら ぼくのところへ遊びにおいで もしもきらいで なかったら

          >自分自身を引き受けるためには、むしろ他者とのかかわりが必要なんです。自分の言葉を受け止めてくれる誰かがいるという信頼が必要だと思います。 気持ちが内向きなときこそ、“書を捨てよ町に出よう”の精神を思い出した方がいいのかもしれない。 '24.4.13朝日新聞朝刊より

          >自分自身を引き受けるためには、むしろ他者とのかかわりが必要なんです。自分の言葉を受け止めてくれる誰かがいるという信頼が必要だと思います。 気持ちが内向きなときこそ、“書を捨てよ町に出よう”の精神を思い出した方がいいのかもしれない。 '24.4.13朝日新聞朝刊より

          「冗談」【詩】

          ナーシングホームの あかるく閉ざされた部屋 高い声の人たちが去り ふいにぼくらはふたりぼっちになる なんねんぶりの ふたりぼっちか かける言葉もなく また 当然のことながら かけられる言葉もない 地球はふいにしんとして あなたの荒い呼吸ばかりが 小さくとどくこの耳朶に あるいは いたたまれなく白い布団にふれるこの手のひらに たしかに ほんとうに あなたから 受けつがれたものがながれている 水を飲んでいるだけの人生は あと 二週間でおわるって ほんとうですか? あんなに体の