小径章(こみち・あきら)

くさぐさのもの書くただのものぐさ。 ここには身辺雑記と過去の佳作、および2022年以降…

小径章(こみち・あきら)

くさぐさのもの書くただのものぐさ。 ここには身辺雑記と過去の佳作、および2022年以降の新作を投稿します。2021年までの過去作はこちら https://akira-komichi.tumblr.com/ ご感想お待ちしてます。

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  • 【現代語訳】樋口一葉「やみ夜」

    樋口一葉の「やみ夜」を1章ずつ現代語訳しています。週1のペースで更新できればと思っています。

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夜の観察

 夜というものの暗さが、まず第一に身体を包みます。とぷんと闇に身を差し入れて、全身を浸してみて、夜はとびきりの無音か、うだるような騒音にしゃかしゃかと降りしきられて、それが通過するか跳ね返るかで自分の身体に空いたきめの細かさを測りながら、ひとびとは縦横無尽に街を、それぞれの容積で歩き回り居座り、自分の穴からぷくぷくと夜空の方に浮いて出ていくあぶくの数々を、ここでは世迷いごとと呼びならわしています。  きょうも夕暮れと夜の境をわざわざ好き好んで、曲芸師みたいに腕を左右に延ばし、

    • 朗読:夜の観察

      本文はこちらより。 https://note.com/akirakomichi/n/n4a11b278ae73

      • 朗読:葉山嘉樹「セメント樽の中の手紙」

        ネットで話題になっていたので朗読音声を投稿します。ちょっと噛んでるところはご愛敬、ってことで。

        • 交差点

           すみれは交差点に立つことを想像する。渋谷のスクランブルみたいに大きな交差点では意味がない、かといって田舎のさびれた、人のまともに通らないところでもないような、ちゃんと都市の血管として機能していてかつ見晴らしのきく、夕焼けがわりあいに似合う交差点、具体的にどこと言われるとよく分からないので、それはすみれのなかにある交差点の純粋なイメージ、すみれ的世界における交差点のイデアみたいな、そういう交差点のまんなかで立ちつくすことをすみれは想像する。立ちつくすうちは轢かれない。轢かれた

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        • 【現代語訳】樋口一葉「やみ夜」
          2本

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          仮面葡萄会

          仮面をかぶった老若男女がおびただしい葡萄の山をミサのように輪になって踏みしめ踏みしめ、足を取られた貴婦人がぐずぐずに崩れた葡萄に倒れ込むのをだまって粛々と輪になって踏みしめ踏みしめ、虫の息の最後の力を振り絞って掴んだ足首が死にかけの身体の埋没と同じ速度で沈んでいくのをみなうつむきつつ輪になって踏みしめ踏みしめ、マーチは二拍子、あるいは四拍子、ワルツを踊れないことに不満を覚えた老婦人の足取りが乱れてけつまづくのを夫の老爺は彼のすべての愛をこめて踏みしめ踏みしめ、愛の足音を聴きな

          息の湿り

          見知らぬ恐怖 ふり向けば何時のまにか 首筋で啜り泣く怯え 背筋に歯を立てる不安が 私の腕を痺れさせては 迂回しつづける声が 月のした 私を孤児に 手を延べて 宙で空を摑む 何度も 何度も 握りしめては月の光が 砂となってワンルームの フローリングの隙間に消えていく 私の声は ながく 私のものでなかった 喉から溢れ出た よそものの ガラクタばかり増えていく部屋で 今夜こそは 月影を淡く淡くはね返す 私の息だけを頼りに

          越日

          朝にはすべてが新しいというのはとうのむかしに捨て去った夢物語。100年生きたわけでもない人間にとってのとうの昔とはこれいかに、いかにいかに。搭の思想をひもときたい。とうとう凍結したトーテムポールのあおざめた創世神話がこころの奥底に喰い入っているという高らかな宣言にあのころは恐れおののけましたわね。タブーのないわたくしのこころやからだは単純刺激で簡単に簡明に即座に熟って頂戴、終電まで起きれました、記録を更新し続けていたあのころのあの夜たち、かたわらに誰もいないからその記録は記憶

          Harmful, Sinful

          ぼくはだれともつながってゆかない ぼくは有害 はーむふるはーむふる みかたしてくれない みなぼくからはなれるのは ぼくがゆうがいだから はーむふるはーむふる ごめんなさいとおもいます むごんではいられないので しかしだれともはなせませんので ひとりのへやのくうきにむかって ひとりくうきにあやまります 贖罪は ふかのうなのでどんづまり しゃざいをいくらならべても ぼくはよくなりませんので はーむふるはーむふる ごちそうさまでした贖罪 ふくれてはらがおもいので ねますがふてねとは

          二水の連続

          冷凍卵子の都市空間 どこまででも飛んでゆきたい 立心偏の傾き 阜偏の浸食に 脳天が困惑するわ 思考は鼻の上 額の真下の中空に くるくる対流して膿むので 錐で穴を あけて頂戴 以の一点で 突き刺さないで いつもそれは宙吊り を拒否する空中 の浮遊はいたく借りた猫 のように従順 なふりして不意に宙返り してみせてよいまや ひどく倦んだ右脚 寝転ぶそれを 貫いて劇的に 蹲らせて 至高 そばをすする行人偏が ゆき交う冷淡に目を遣る

          頬をなくす

          鬼神に頬を食い千切られて 水を飲めなくなってから 黒檀は黒さを増したし 空は原色で街を覆った 喜色は満面を塗り潰して 恋人の声は 何処にいても聞こえた 路面電車の がたごっとん と一緒に 世界も揺れるようになった 台所ですり潰した豆が 歪つでのっぺりした板のまま 腸壁にへばりつく音がした むかしの習い性で うっかり頬を掻こうとして じかに歯茎に触れたとき あわてて引っ込めた指が 食い千切られた断面にこすれたときには 遠くに越した友の切った爪が この部屋にまで飛んできて 床

          【現代語訳】樋口一葉「やみ夜」(その二)

          前回(その一)はこちらのリンクからお読みいただけます。  数日の飢えと疲れで綿のようになった身体を、今度は車輪に襲われて、痛みと驚きとに魂はいつしか身を離れて、しばらく気を失っていたあいだは夢を見ているようであったが、馥郁とした香りがどこからともなく流れてきて、胸のなかが涼しくなるとともに、物に覆われたようになった頭がそのとき初めて我にかえって、わずかに目を開いてあたりを見回すと、それに気がついたようで、薬を取ってくるから少し待っててという声が枕元に聞こえて、まだ魂が極楽を

          【現代語訳】樋口一葉「やみ夜」(その二)

          【現代語訳】樋口一葉「やみ夜」(その一)

           堀で周りを取り囲んだ邸の広さは何坪だとかいう評判で、閉じたままの大門はいつかの暴風雨に吹かれたまま、今にも壊れそうな様子で危なっかしく、松ではなくて、瓦に生える草の名はしのぶぐさ、しのぶ昔はいったい誰のこと、男鹿が鳴くという宮城野の秋をそっくり移したような小萩原が錦のように映える頃も、月見の宴に貴人の誰それ様が袂をつらねたのは夢であったか、秋風つめたい飛鳥川の淵瀬のように世の中は変わってしまって、よからぬ風説は人の口に残っても、その後はどうかと訪ねる人もなく、哀れに淋しい三

          【現代語訳】樋口一葉「やみ夜」(その一)

          不活性化

          日に当たると死にます 乾いた空気がとても好きです 冬の夜の冷気越しに 星々が凶暴さを取り戻して まっぴるまに打ち棄てられたままの私を 月が一直線に照らし出す 乾いた大気のなかでだけ 私は蹲ることを許されるのです

          あおざめた朝に

          期待値を生還する 檻の外 一歩 そこは裸出 みじめたらしくて 苦しくもないね いまやそれらは喪服だもの 球体の温度をたしかめる 手つき 顔つきそのままに 頬をなぜる そんなもののために 眼を合わせるふりして じつは遠くを見てる 期待値を生還して 歩きどおしの 街はもぬけ 通りに脚を抜いては差して 打ち震える街道にとって 私はいつまでも処女でいられる

          くちづけ

          くちづけが淡くのびる 夜の闇のなかで 床の板目に沿って 蒼く光る幾すじが 壁ぎわで消える 中天の陽が差す部屋で 綿ぼこりに紛れ 灰一色にうずもれる それを容易くくず籠へ放って 僕らはなんどでもやりなおす

          風はなのこと

           痘痕に食い荒らされた膚のような、暗く、烟った空が、頭上を低く垂れ込めて圧しつづけ、靴先をうす茶色く汚しつづける地面とのあいだで、世界全体が閉所恐怖に踊り回って、ビートもなければリズムもない、聞こえない脈拍を頼りに足をばたつかせるわたしのうえに、白い色したひとひらが落ちてとどまったのは、たしか霜月、秋も終わりの、けれど冬になりきる踏ん切りのつかない一時期であったから、あれは時季外れの、たわむれに振られた賽がうっかり地上に落ちてしまって、泣いても喚いても見つからない、取り出せな