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140字小説/遠

遠い昔、人類は箱であった。ときおり展開し光合成した。箱に戻る際、誤ってたびたび蝶を閉じ込めた。殆どは酸欠で息絶えたが、猛者は苦しみながら箱にぶつかり箱を凹ませた。脱出に成功した勇蝶もいた。これが盲腸と脱腸の名残である。勢い余り箱ごと移動する蝶。これは進化の道を逸れ、駝鳥となった。


この世界は私から遠ざかっている。ミントの浮かんだグラスも、グラスに反射する光も。翠のピアスとシャツの裾をゆらす風も。はるかかなたの星雲も、星雲を飲み込む黒い穴も。少しづつ、急速に。あなたが永遠に私の手の届かない場所へ行ってくれたら、あなたを私のものにできるのと同じくらいうれしい。


音のない花火が好きで。屋上から隣町のそれをながめる。菊、牡丹、枝垂柳。静かにひらき、静かに消えてゆく。きみは手のかからない人だね、賢いね。そうじゃない、行かないで。背中に投げる透明の礫。いつしか心は凪を覚えた。遠くのあれは身のうちにゆるゆると上がっては萎みゆく感情。私のうつし絵。