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カグヤ・パンスペルミア

かなり昔に書いたやつです。

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「これは創造的破壊だ」

そう言ってあなたは母さんをころした。そしてそれは概ね正しかった。あの日わたしは再び生まれたのだから。
それから何年経ったかはわからない。淡い燐光に包まれながら臓器が形成され、視界が開ける。手足が伸びて、指が分かれた。

今は昔、竹取の翁というものありけり。

彼は竹を切って、売るだけの平凡な毎日を過ごした。妻はいたが、どれだけ行為に励んでも子宝に恵まれることはなかった。

ある日、竹藪の中で彼は光を見た。光のもとには一本の竹がある。男があわててその竹を切ると、中には光に包まれた赤子が鎮座していた。

男は驚き、後ずさった。数刻の躊躇。彼はやがて赤子をそっと布に包むと、妻の元へと足早に走り去った。


さて、ある説によればーーーーーー

パンスペルミア説。彼方から飛来した宇宙生物の遺伝子が、原初の地球に降り注いだという。こうして最初の生命が誕生した。


女は赤子を見て蒼白。

この捨て子、瘦せおとろえ、ぴくりともしていない。肌は異様に白く、目は見開いたまま、赤く異様に煌めいている。最初こそ夫が幼い化け物でも拾ってきたのかと恐れおののいたものの、見れば見るほどに幼子に魅了されていった。しかし、どれほど時が経ってもこの子は微動だにしないのだ。

女は来る日も赤子を見守り続けた。そんなある日の夜、女は叫び声を上げた。赤子が瞬きをしている。


さて、ある説によればーーーーーー

テイアという仮定上の天体がある。その星は原始地球に衝突し、跡形もなく消え去った。
テイアの一部は地球と融合し、また一部は宇宙空間で別の天体へと形成されていった。

月はこうして誕生した。


身体にまとわりついたラジウムの淡い光。私の身体は数日前に再形成されたようだ。
覚えているのは裁きの広場。お父様の冷淡な宣告。
「ラナ。お前を大衆煽動の罪により極刑とする」
私はこの星の滅びを、どうにかして止めようと努力した。しかし、お父様はそれを反乱の扇動だと捉えたのだ。私は"鞘"に入れられて、遠い空に流刑となった。

私はどうなった?

オンボロの小屋。原始的ないでたちの夫婦。衣装と建築様式から察するに遠方の惑星タウラスの民だろう。
彼らの背格好は大体が私と同じ。私たちと同じ。目も、鼻も、口も、手も。
タウラスの夫婦は私に気づくと、それまでの悲壮な顔が嘘のように晴れていく。

「おばあさんや、この子が気づいた!」男は私を両手で抱えている。
「ええ!本当に良かったわ!」女は顔をほころばせ、聞いたことのない言語を叫びながら天を仰いだ。
私は既知の言語パターンから、彼らの発言内容を予測する。こんな田舎の言語じゃ、精度はそれほど高くはないだろう。

違う。タウラスじゃない。タウラス語はクリック音を音節ごとに多用するのだ。
「この子、私を見てるわ。澄んだ、美しい瞳……」
私がまじまじと彼らを見ていると、女が反応する。

その時、目に刺すような激痛が走った。目だけじゃない。全身が焼けるように痛く、痒い。
私はあまりの痛みに金切り声をあげた。

「泣いてるぞ!あやせ、あやせ!」男が騒ぎ立てている。
この匂い、この舌ざわり。研究室で嗅いだ薬品と同じだ。
酸素アレルギー。私は今、猛毒を全身に浴びている。このままでは死に至る。


さて、ある説によればーーーーーー

ハビタブルゾーンに位置するテイアには知的生命体、つまり文明が存在したとされている。
栄華を極めたテイア文明は惑星との衝突によって突如滅びを迎えたことが推測されている。
1969年、アポロ11号が人類初の月面着陸に成功した。
この時、NASAは月面に遺跡と思しき構造物を確認した。公開された写真は米政府の指示により修正されたものだと言われている。ニクソン大統領は記者会見で月面遺跡の存在に公式に言及したが、これはその存在を否定するものだった。遺跡とテイア文明との関連性は依然として不明のままだ。
1976年、ソ連のルナ24号が月面にあるクレーター"危難の海"に着陸した。回収されたサンプルは鉄のカーテンを超えてアメリカに渡った。
マサチューセッツ工科大学の分子生物学者、アルフレッド・H・マロー教授によればーーーーーー


私の体は急速に成長していった。どうやらわたしはこの土地に適応したらしい。酸素への適応は身体形成スピードを飛躍的に高めた。

タンパク源を多く摂るほどにそれらは無駄なく吸収される。生命の成長過程を早送り再生していくような感覚だ。

この人たちに拾われてから4週間がたった。私は今1歳程度だろう。

わたしは彼らの言葉を完全に理解した。わたしが彼らになんと名付けられたかも。

わたしはカグヤ。これはわたしの二度目の人生だ。


ーーーーーーアルフレッド・H・マロー教授によれば、月の地下湖で発見されたDNAとヒトゲノムの間には、驚異的な一致が見られた。

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