赤津龍之介

浅間山の北麓にあった照月湖を舞台とする長篇小説『明鏡の惑い』を、アルファポリスにて公開…

赤津龍之介

浅間山の北麓にあった照月湖を舞台とする長篇小説『明鏡の惑い』を、アルファポリスにて公開しています。次回作に向けて、作曲家カール・レーヴェに関することを調べています。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/703314535/113741973

最近の記事

【台詞集】小説『明鏡の惑い』第十一章「濁り水」より

どうして美帆さんはぼくにあんなことを要求したのだろう    人間の価値なんちゅうものは、頭の強さと体の強さのふたつに尽きる。  そうしておまえの父親から受け継いだ悪魔の性質を、根絶やしにするんだよ。 真壁! 引き手がなってない!    動くことによって、動くことのなかで行なわれる直観があるんだ。  ずっと力を入れていることが、努力することだと思っていました 力を入れることと同じくらい、力を抜くことも大切だ。その点は音楽とよく似ているな    真壁、あなた、あれが

    • 【台詞集】小説『明鏡の惑い』第十章「星めぐり」より

      皆さんいい顔ですよ。人間は空を見上げると喉が突っ張ります。口を閉じておこうとしても顎の筋肉が疲れますから、どうしてもおのずと口が開いてきます。そうしていつしか馬鹿のようにぽかんと口を開けています。それが今の皆さんです    でもこの六里ヶ原の星空は、馬鹿のようにぽかんと口を開けてでも見上げるべきものです。  もし皆さんのうちの誰かが将来詩人や小説家になったら、名もなき花が咲いていたなどと間違っても書いてはいけませんよ。名前のない花はないんです。せめて名も知らぬ花と書いてく

      • 【台詞集】小説『明鏡の惑い』第九章「左手の小指」より

        おおユウくん、お稽古は順調かい?    ロング・ロング・アゴーかい。  長い長い顎ー! 人は年を重ねれば重ねるほど、生きてきた過去は長く分厚くなる。    いやあ感慨無量ですなあ。悠太郎くんがこの明鏡閣でピアノのお稽古ですか。  秀子さん、ユウくんはこの分でいけば、今に女の子にもてますね ユウちゃんは今に作曲をするよ。あたしがあげる紙にオタマジャクシを書くよ。ダ・ダ・ダ・ダーンてなもんだ    結局のところ作曲をする  この田舎でも男の子がこういうことを習うと

        • 【台詞集】小説『明鏡の惑い』第八章「湖の騎士」より

          ユウ、よく来たな。今日もひとりなのか?    動物であれ植物であれ、自然を観察するのは面白い。  いずれはユウにも漕ぎ方を教えてやろう。いろいろな漕ぎ方があるからな これはねえ、うんと珍しいお茶だよ。唐の国のお茶だよ。飲んでおゆき    おふたりとも引っ掛かったわね。ロクちゃんが言うのは、お茶菓子のない空っ茶ってことよ  ユウちゃんは絵を描くのが好きか? それとも字を書くのが好きか? まあそんなことはどっちでもええ。どっちでもええし、どっちもええ。 いっときでも直

        【台詞集】小説『明鏡の惑い』第十一章「濁り水」より

          【台詞集】小説『明鏡の惑い』第七章「薄い夢」より

          何だろう、この淋しさと虚しさは何だろう    いいかてめえら、野球部に入ったらこの俺がしごいてやるぞ! 俺の言うように挨拶をしてみろ! しやーす! したー! オラオラ、さっさとやってみろ、この野郎!  心のふるさと六里ヶ原? この歌詞を書いた奴はいったい何をほざいているのだ? 気をつけろ悠太郎、ウルシの樹の下ではちゃんと傘を差すんだぞ。さもないと、かぶれて痒くなるぞ    まったく六里ヶ原はランナーの天国だなあ!  畑でコンフリーができたよ。ユウちゃんはコンフリーが

          【台詞集】小説『明鏡の惑い』第七章「薄い夢」より

          【台詞集】小説『明鏡の惑い』第六章「細波」より

          そこが浅間観光の普通じゃないところなのよ。雨が漏ろうが猫が漏ろうが、そういうものとして愛される。    わが浅間観光は永久に不滅です!  あちらのホテルはこちらと全然違いましてね、断然高級志向でしたよ。 そういえば旧ホテルで使っていた銀食器、どこへ行ったのかしらねえ いつの間にかナイフやフォークがひとつまたひとつと、だんだん減っていったそうです    建物は古くなるし、始まったことは終わってゆく。いやはや時勢だのう。  照月湖の樹氷まつり、夢幻のごとくなり うちの

          【台詞集】小説『明鏡の惑い』第六章「細波」より

          【台詞集】小説『明鏡の惑い』第五章「野鳥と鳥籠」より

          まあず豪儀なもんだ   炭焼きが必要なくなるなんて、あの頃は思いもしませんでしたよ  まあずあの日は寒かった まあずあの日は暑かった    おのれインテリどもめ、学のねえ俺をコケにしおって。今に見ておれ、今に見ておれ……  実に秋晴れのこのよき日は、われらが浅間観光の歴史に残る輝かしい日となりましょう。 グルービング工法ちゅうやつさ    われらが湖畔は実に美しい  平成  一年  十月 テレビの観すぎ!    ユウちゃんはどんな死因で死にたい?  これ

          【台詞集】小説『明鏡の惑い』第五章「野鳥と鳥籠」より

          【台詞集】小説『明鏡の惑い』第四章「白詰草の冠」より

          なんという今の美しさだろう    オートバイといえば、あれを思い出すのう    ああ、浅間牧場のレースのことね?  来年また浅間で会おう この景気のよさはどうだ。この豊かさはどうだ。    私がお母さんのピアノや神様のお話を聞きたがると、お父さんはひどいことをするの  てんにましますかみさま、かいたくのたみをおゆるしください。ろくりがはらのたみをおゆるしください。 ルカちゃん綺麗。花嫁さんみたい    ユウちゃん、また来るから。泣かないの、また会えるから  じ

          【台詞集】小説『明鏡の惑い』第四章「白詰草の冠」より

          【台詞集】小説『明鏡の惑い』第三章「祖父の顔」より

          見いつけた! 目の細い真壁千代次さんて、あなたね!    お祖父さんの顔を作りなさい  うぇいうぇい、今日も晩酌、晩酌 熊川は勢いよく活動する水で、この照月湖は安らぐ水よ。    そして月も日もここで安らぐ……  人生七十古来稀なり、見ての通りの白髪頭よ。 ダワイ! ダワイ!    怪我人と病人は休ませてくれ  日本人など所詮はその程度のものだ。揃いも揃って長いものには進んで巻かれ、強きを助け弱きを挫く。 もしお祖父様がソヴィエトの女の人と結婚していたら、私

          【台詞集】小説『明鏡の惑い』第三章「祖父の顔」より

          【台詞集】小説『明鏡の惑い』第二章「四季折々の花」より

          弱いくせに! 弱いくせに!    今は何世紀?    一九八八年だから、二十世紀よ  一九九九年の七月に、人類は滅亡するらしいぞ。 ほれユウ、食ってみろ。うっまーい!    照月湖から河童が出てきて、カッパッパー!  わが子の前途の平々凡々たることを願う心こそ、真の親心ではないですかな。 湖のほとりに水仙が咲いたわよ。    お花がよく見えるようになれば、人間だってよく見えるようになるわ    人間が怖かったら、まずはお花を見ればいいんですね  おまえら結婚し

          【台詞集】小説『明鏡の惑い』第二章「四季折々の花」より

          【台詞集】小説『明鏡の惑い』第一章「六里ヶ原」より

          ああ、まだ池が完成しないうちから、早くも私は明鏡止水の心境だ。    自ら活動して他を動かすは水なり。  これからはもっと観光事業を拡大しよう。 ユウ、おめえは増田ケンポウちゅう名前を知っているか?    湖のような心を持ちたいものだな。  観光ホテル明鏡閣の支配人、南塚亮平です。 昨日こそ浅間は降らめ今日はまた 御晴らし給へゆふだちの神    この湖のような美しい百点満点を、お母様はおまえに期待しています。  ウッフフ、満蒙開拓団なんてねえ

          【台詞集】小説『明鏡の惑い』第一章「六里ヶ原」より

          小説『明鏡の惑い』第二十四章「勇者の帰還」紹介文

           観光ホテル明鏡閣の大食堂に鳴り響く〈「見よ勇者の帰れるを」の主題による変奏曲〉は夢か幻か?  難関高校の学区外受験に挑んだ悠太郎の合否やいかに?  悠太郎と真壁一家の運命やいかに?  謎に包まれていたピアノの先生の来歴が、PTA会誌に寄せられた手記で明かされる。  そして新世紀。  一時代の終焉を見届けたひとりの若い女が、照月湖の湖畔を旅立っていった。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/703314535/113741973

          小説『明鏡の惑い』第二十四章「勇者の帰還」紹介文

          小説『明鏡の惑い』第二十三章「烏川」紹介文

           高校受験を明日に控えた悠太郎は、高崎にある和田橋に立って、夕映えの烏川を眺めていた。  激しく吹きつける赤城おろしの空っ風が、その弱りきった体を倒さんばかりであった。  様々なことが思い出される。  冷たい横顔を見せつけるように卒業していった留夏子のこと。  学力試験でのミスを家族に責められ、部屋のピアノに鍵をかけられたこと。  合唱コンクールの体育館練習で裁判にかけられ、吊し上げられて孤立無援になったこと。  株式会社浅間観光の廃業に、頑として肯んじない祖父のこと。  懐

          小説『明鏡の惑い』第二十三章「烏川」紹介文

          小説『明鏡の惑い』第二十二章「秋晴れの野に」紹介文

           中学校では英語暗唱大会が開催される。  2年生からは悠太郎が、3年生からは留夏子が、学校を代表して郡大会へ送られることに決まった。  (1年生からは、かつて空手道場で悠太郎を困らせた美帆が選ばれた。)  3人は放課後の英語練習に励む。  静けさを味方につけるような話し方をする美帆の正体を、留夏子は掴みかねているらしい。  かつては空手一筋だった美帆の変わりように、悠太郎は驚いていた。  郡大会を明日に控えた夕方の帰り道で、留夏子は株式会社浅間観光のことを聞いたと悠太郎に話す

          小説『明鏡の惑い』第二十二章「秋晴れの野に」紹介文

          小説『明鏡の惑い』第二十一章「留まる夏」紹介文

           1997年の六里ヶ原にも、夏休みがめぐってきた。  中学校で留夏子が貸してくれた本に、悠太郎は読み耽っていた。  それはトマス・アクィナスの『神学大全』からの抄訳本で、留夏子の母の陽奈子先生が線を引きながら読んだ跡があった。  夏休みのある日の午後、なぜか留夏子と合流した悠太郎は、この優れた先輩と照月湖のほとりで長い長い会話を交わす。  質料と形相について。ハビトゥスについて。  時間について。永遠について。  留夏子の名前の由来もまた明らかになる。  静かな思いのうちに、

          小説『明鏡の惑い』第二十一章「留まる夏」紹介文

          小説『明鏡の惑い』第二十章「移ろう時」紹介文

           1997年が始まった。  シューベルト生誕200年を記念したテレビ番組に、悠太郎は夢中だった。  凶悪な3年生を送り出すための予餞会では、様々な出し物が演じられる。  演劇クラブが舞台にかけたアンデルセン原作の《雪の女王》では、芹沢カイがカイを演じる。  年度が改まって進級したみんなは、榛名湖畔での高原学校に臨む。  ゲーテの詩によるシューベルト歌曲〈湖上にて〉を、悠太郎は思い出していた。  中間試験期間中のある日の帰り、留夏子は悠太郎を吾妻牧場碑に伴い、学区外受験の誘いに

          小説『明鏡の惑い』第二十章「移ろう時」紹介文