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3× 第十一話

朝の光がマンションの外観を照らし、静かな住宅街にパトカーが停まっている。

喜助はリビングのソファに座り、窓から差し込む朝日を背にしていた。
吉川は彼の前に立ち、静かに話し始めた。
「ご主人は、朝帰ってきて寝室で死んでいる奥さんを発見したと」
吉川の声は穏やかだったが、その目は何かを探るように鋭い。
喜助はうなずいたが、その手はわずかに震えていた。

「いつも朝帰りするのですか?」
吉川の問いかけに、喜助は少し言葉を濁した。
「いつもってことではないんですが…」彼の視線はふと遠くを見つめた。
「そうですか」と吉川は軽く頷きながら、喜助の反応を窺った。

「例の殺人犯ですか?」喜助は問うた。
「殺し方が異常なので、マジシャン殺人、唐揚げ殺人とかと同一犯でしょうね」と吉川は推測した。
「そうですかー。まさか、私の妻が狙われるなんて」
喜助の声は小さく、ほとんど呟くようだった。

「帰って来た時に何かおかしな感じはなかったですか?」吉川の問いかけに、喜助は深く考え込むふりをした。
「あ、ありましたよ。朝帰って来た時に、洗い物がそのままにしてあったんですよ。マキはきっちりしているので、洗い物を残して寝るなんて、ありえないんですよ。それなのに寝室でマキが寝てるなんておかしいんですよ」

「なるほど」と吉川は言い、喜助の話に耳を傾けた。
「ただ、今日のこの事件で大分犯人はしぼられました」
「え?どういうことですか?」と喜助は急な展開に驚きを示した。

「長かったけど、やっと進展した」と吉川は言い、喜助の目をじっと見た。

こちらを見ている吉川に喜助は対抗心を燃やすように言った。
「そうなんですか。…ちなみに、ちょっと教えて下さいよ」
吉川は少し躊躇いながら、「いや、それはちょっと…」と言葉を濁した。「いいじゃないですか。ちょっとだけですよ」と喜助は軽く笑いながら迫った。

「…犯人は、あなたに近しい人物です」と吉川は静かに言い放った。

喜助の表情にわずかな動揺が見えた。「なんでそんなことがわかるんですか?」
「犯人は、ご主人がいない時間を知ってて襲っています。しかも朝帰りの日は不定期です。これがわかるのは、あなたに相当近い人物。…もしくは喜助さんです」と吉川は鋭い眼差しで喜助を見据えた。

喜助の余裕は影を潜め、「…そうですか?でも、たまたまだったんじゃないんですか?」と声に少し焦りが混じった。
「たまたま?」と吉川は一つ一つの言葉を重く発した。
「はい。たまたま私がいなかっただけで、もし私が家にいたら、私も襲ってたんじゃないんですか?」と喜助は自らの疑惑を払拭しようとした。

「では喜助さんの犯人像は違うと?」と吉川は冷静言う。
「そうですね。そもそも、私に近い人物なんていませんし、もちろん私でもないですし」と喜助は言葉に力を込めたが、その目は不安を隠せていなかった。

吉川は深く考え込むように黙り込み、喜助はその沈黙を破った。「何か?」

「ただですよ、犯人はおそらく、ここの家の鍵を持ってると思うんですけど」と吉川は新たな仮説を提示し、喜助の疑念をさらに煽った。

「鍵?」と喜助は驚いたように反応した。

「鍵持ってるなんて、相当近い人物ですよね?」と吉川は疑いの目を向けた。

「なんで鍵を持ってるなんてわかるんですか?」と喜助は疑問を投げかけ、声のトーンが上がった。
「だって鍵で開けて、奥さんを襲ってるからですよ」と吉川は事実を突きつけ、喜助の表情は一層曇った。
「いや、それは鍵を持ってなくても、できるでしょ?」と喜助は必死に反論する。
「どんな風に?」と吉川はさらに詰め寄り、喜助の焦りは隠せなくなった。「インターフォンで呼んで、襲うとか。そしたら鍵いらないでしょ」と喜助は言い訳を並べた。

「あ、なるほど。…あー、でもそしたらおかしな事が」と吉川は新たな疑問を提起し、喜助の心理的圧迫を強めた。

「なんですか?」と喜助は急いで尋ねた。

「奥さんを襲って、犯人は出て行く。そしたらドア開いてますよね?」と吉川は論理的な矛盾を指摘し、喜助の表情を硬直させる。

「開いてたんでしょう」と喜助は弱々しく答えた。

「誰が閉めたんですか?」と吉川はさらに突っ込み、喜助の焦りは頂点に達した。

「誰も閉めてないんでしょう」と喜助は声を震わせながら答えた。

「そしたらおかしいなー」と吉川は首を傾げ、喜助は言葉を失った。

「何が?」と喜助はほとんど聞こえない声で尋ねた。

「喜助さんが帰って来た時、ドアは開いてるってことですよね?私が最初に何かおかしなことなかったかと聞いた時、洗い物が残ってた。マキはしっかりしてるから、洗い物を残して寝るなんてありえない。そこに違和感を感じたと。いやいや、それよりも家に帰ってきて、ドアが開いてる。まず、これが最初におかしいと思うでしょ?」
吉川は喜助の言葉を追及し、喜助は完全に追い詰められた。

「…いや、ほら、うちは結構ドア開いてることが多いんですよ」と喜助は弱々しく弁解した。
「しっかりしてる奥さんなのに?洗い物を残して寝るなんてありえない人が、ドアの鍵だけは掛け忘れて寝ちゃうんですか?」と吉川は疑念を深め、喜助は沈黙した。
吉川は決断する。
「まあ、そういう人もいるかもしれないですからね。わかりました。詳しいことは娘さんに聞いてみます。」

「え?」と喜助は驚いた。

「先程、ちらっと聞いたところ、犯人を見たと言ってましたので」
「ゆいが見たと言っているのですか?」
「ええ」と吉川は言い、部屋を出て行った。

喜助は急いで後を追った。
「私も行きますよ。ほら、あいつも相当ショックだと思うんで、私が側にいた方が安心じゃないですか?」
「…わかりました」と吉川は同意し、二人はゆいの部屋へと向かった。

吉川はノックをするとゆいの部屋に入った。
すかさず喜助はゆいの隣りに行って声をかけた。
「ゆい、大丈夫か?無理に答えなくていいからな」

吉川は喜助の言葉を遮るようにゆいに質問する。
「さあ、ゆいちゃん、犯人の顔を思い出したかな?」

ゆいは喜助の方を見る。

喜助は慌てて話し出した。
「なんだ、ゆい。犯人を見たのか?どんな奴だった?お父さんに教えてくれ」
「ちょっと、喜助さん。私が聞くので」吉川は邪魔そうな顔をする。
「すいません、つい」
「まあ、気持ちはわかりますけど。じゃあ、ゆいちゃん、犯人はどんな奴だったかな?」

ゆいは喜助の顔をチラチラ見る。
「ゆいちゃん」吉川はゆいの答えを期待するような声だった。
一方、喜助は逆に不安いっぱいな表情を浮かべた。
その両者が見つめる中のゆいの答えはこれだった。

「…わかりません」

「え?」吉川と喜助の台詞は同じだったが心情は全く違った。

「すいません」とゆいは謝った。
「わからないって?犯人見たんでしょ?」吉川は諦めない。
「寝ていて、何か変な物音がして、起きたんですけど、怖くてずっと部屋にいました。だから見てはいません」
ゆいの言葉に喜助は安堵した。
吉川はそれ以上聞けなかった。

「まあ、何かわかったら警察に電話しますんで。ゆいも混乱してる思うので今日のところは」
喜助は勝ち誇った表情を受かべながら言った。

「そうですね」吉川は落胆して出ようとする。
しかし吉川は最後に質問をぶつけた。「ゆいちゃん、ひとつだけいいかな?」
「何ですか?」

「家の鍵ってしょっちゅう開いてるの?」

その質問に喜助は固まった。

「…はい。お母さんは掛け忘れることが多かったです」

「…そうか。ありがと」吉川は肩を落として出て行ていった。

喜助はホッとしたが、ゆいが何を考えているのかわからなかった。

吉川たちが一旦帰って喜助とゆいは二人きりになった。
喜助はゆいの前に、焼いたパンを置いた。
「どこまで知ってるんだ?」

ゆいは真っすぐ見つめ答えようとしない。

「まあ、いい」と言って喜助は出て行った。
ゆいはパンをかじりながら喜助の方向を見ていた。

喜助はまだ残骸が残る寝室でゆいのことを考える。
施設から拾ってきたゆいのことを。
自分と同じような目をしたゆいに興味を持ったが、一緒に住んだが未だにわからないところが多い。
今それが脅威の存在になるかもしれない。

喜助をノートを出した。
そしてゆいの名前に×を付ける。


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