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3× 第四話

夜の静けさを破るように、パトカーがマンションの前に停まっていた。赤色灯が暗闇に光を投げかけ、不穏な空気が漂っている。

村田家のリビングには、若い刑事と鑑識が捜査を進める現場と化していた。彼らの間を縫うように、吉川が入ってくる。
46歳にしては若々しいその男は、現場の異様な雰囲気にも動じない様子だった。

「あ、吉川さん」と刑事が声をかける。

「何これ?」吉川は部屋の中央に置かれたガラスボックスを見つめた。
その中には、色々な残骸で黒く汚れていた。

「中は油でして、この中で人が…」刑事が言葉を濁す。

「また、エグイことを」と吉川は呟く。
しかし彼の目は、恐怖よりも興味を湛えていた。

「被害者は村田こうじ、26歳、居酒屋の従業員です。見ますか?」刑事が尋ねる。

「ぜひ見てみたいな」と吉川は答え、シーツが掛けられた死体に近づいていく。吉川は冷静な表情で死体を覆うシーツをめくった。彼の目は、そこにある光景を冷徹に捉えていた。
「はー、こうなるのかー」と彼はつぶやき、シーツを元に戻す。その動作は、まるで日常の一部のように自然だった。

「お前、レモンあったら食えるか?」吉川は突然、奇妙な質問を投げかける。
刑事は困惑した。「は?吉川さん何言ってるんですか?」
吉川はにやりと笑いながら、「ご丁寧に唐揚げ粉がついてたぞ」と言い放つ。
彼のユーモアは、この暗い現場においても失われていない。

古川は、村田を命を奪ったスイッチを発見した。
それは懐かしい感じがした。


ではここからは、今から15年前のお話をします。

赤沼光一郎は、倉庫で設計図を前にしてスイッチを作っていた。
45歳にしてもその手は確かで、精密な作業を黙々と進める。
そして切りの良い所で彼は電話をかけた。
「赤沼整備ですけど、エアコンの部品が入りましたので、今行っても大丈夫でしょうか?」

軽トラックが静かなアパートの前に到着する。

赤沼はインターフォンを押す。ドアが開き、若者が現れる。
「赤沼整備です」と赤沼は言う。

「おー、早く直してくれよ」と若者は焦り気味に答える。

「じゃあ、おじゃまいたします」と赤沼は部屋に入る。

「暑くてたまんねーからさー」と若者は言い、隣の部屋へと消えた。

赤沼は工具箱を出す。
箱を開けると、中にはなぜかスタンガンがあった。
彼はそれを取り出し、エアコンには目も向けず、隣の部屋へと向かうのだった。

若者は目を覚ますと、手術台のような場所に寝かされていた。
上半身は裸で、動けないように縛られている。

「おい、何だこれ?」と若者は恐怖に声を震わせる。

赤沼は冷静に答える。
「覚せい剤打つ前に、捕らえられてよかったですよ。打ってからじゃ、恐怖は伝わりませんからね」。

若者は怒りと恐怖で声を荒げる。
「は?何言ってんだ、お前。何だお前、警察にでも言うつもりか?ヒーロー気取りか?」

赤沼は静かに、しかし確固たる意志を持って答える。
「警察なんかに言いませんよ。言ったところで死刑にならないでしょ?でもヒーロー気取りというのは、多少合ってるかも知れませんね。私はね、この町にあなたみたいな悪がいることが、許せないんですよ。だから、今からあなたに罰を与えます」

若者の上半身には部分麻酔がかかっている。
ここから先、若者の恐怖と絶望が、部屋に充満していく。

赤沼は工具箱からメスを取り出す。
「私はね、一回オペというものをやってみたかったんですよ」
子供のような笑顔で語る。
「では今から、腹切り裂き剃刀ボール混入手術を始めます。あ、ここでメスか。まあ、いいや」
外科医になりきって赤沼は若者の腹を切った。

「おい、まじで何してんだ?」

「どうです?痛くないでしょ?見てみたらどうですか?自分の内臓なんて、滅多に見れませんよ」
赤沼は患者に語りかけるように言う。
「はい、これ多分腸ですよ」
赤沼は腸を出して、若者に見せる。

若者は気持ちが悪くなり、威勢がなくなってきた。

赤沼は、若者の胸の辺りまでパックリ開けた。
そして剃刀ボールを取り出す。
この剃刀ボールとは、球体で刃が隙間なくぎっしり付いているものだ。
もちろん、赤沼特製の倉庫で作った代物だ。

「はい、ちょっと見て下さい」
赤沼は、ぐったりしている若者のほっぺを叩く。
「ここにスイッチありますね。このスイッチを押すと、この剃刀ボールが…」赤沼はスイッチを押す。
すると、剃刀ボールがすごい音をたててブルブルなる。それと同時に剃刀が細かな振動する。試運転は上々だった。

その剃刀ボールをゆっくり、若者の心臓辺りに置いた。
「じゃあ、閉じますねー」と赤沼は若者に声をかけた。

「いやーーー」と若者は振り絞って声を出した。
赤沼はお構いなしに淡々と作業をする。
「縫うの難しいな。まあ、いいか、こんな感じで。はい、できました。じゃあ、押すけどいいですか?」と赤沼はスイッチを見せた。

「やめてください」と若者は意識がはっきりしないが本能で答えた。

「わかりました。じゃあ、チャンスをあげましょう」
赤沼は若者の縄をほどく。
「1分間、チャンスを与えます。自分で剃刀ボールを取り出して下さい」
と言ってメスを投げた。

「では、レッツ、オペ」

赤沼は腕時計を見る。
しかし若者はなかなか動けない。
「はい、どうしました?時間は進んでますよ」と赤沼は応援するかのように声をかける。

「動けないです」と若者はかすれ声で答える。

「あー、麻酔の影響かな?でも頑張って下さい。あと40秒です」

若者は力を振り絞って起き上がる。
そして希望のメスを掴んだ。
しかし躊躇した。
自分で自分の体を切る。そんなことができるだろうか?

「どうしました?早くしないと。あと15秒」
赤沼は容赦なく急かす。
若者はメスを刺そうとするが手が震える。
「10、9、8、7…」赤沼のカウントダウンが始まる。

若者の手の震えが止まった。
スッとメスを降ろした。

「…2、1、スイッチオン」
剃刀ボールの音が、イヤホンから音漏れしているかのように聞こえた。

若者はけいれんを起こして、口から血が噴き出した。そして縫い目の隙間からも。
まだまだデスメタルのような剃刀ボールの音が鳴っている。
若者の息はないが、その音楽にのっていた。


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