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3× 第二話

夜の居酒屋の厨房は活気に満ちていた。
フライヤーからは唐揚げのジューシーな音が響き渡り、料理長と村田は忙しく調理をしている。

喜助もその一員として、唐揚げを揚げる任務に就いていた。
この居酒屋の新人は、まず唐揚げを担当する。
このカリカリ唐揚げはこの居酒屋の名物だ。その名の通り、外側のカリカリがお客さんに好評なのだ。

タイマーが鳴り、喜助はそれを止めてカリカリ唐揚げを取り出す。そして盛り付ける。
彼の手際の良さは、まるで長年の経験者のようだった。
しかし、その一連の流れをじっと見ていた村田の目は、嘲笑を含んでいた。

ホールスタッフに渡そうとするが、料理長に呼び止められた。

「ちょっと篠塚君。何分揚げた?」料理長が問う。

「3分です」と喜助は答える。

「5分だから」と料理長は言った。
喜助はバイトの先輩村田から3分と教わったと告げた。
しかし、喜助より先輩だが年下の村田はこれを否定した。
おっさんが間違えたと主張する。おっさんとは勿論、喜助のことだ。

料理長は困惑したが、喜助にもう2分揚げるよう指示を出した。
喜助は村田を睨みながらそれに従った。

仕事が終わり、更衣室で喜助はメモに何か書き加えている。

『村田 ××』

喜助は家に帰ると、妻のマキと養女のゆいがテレビでニュースを見ている。昨晩、両腕と頭部を切断されたマジシャンの変死体が発見されたと報じられていた。
ゆいは音量を上げ、そのニュースにかじりついて見ていた。
マキはゆいに興味を持たないようにと注意するが、喜助はゆいの自由を尊重する姿勢を見せる。
マキはゆいを心配するが、喜助が心配しないことにも心配した。マキには喜助が何を考えているかいまいちよくわからない。
マキは喜助の仕事のことを心配した。喜助は30歳で居酒屋の新人バイトだ。その前も職を転々としている。
しかし、喜助は貯金があるから大丈夫だと答える。
そう、確かにお金はたくさんあるのだ。
だからマキもあまり強くは言えなかった。

喜助の心の中には、15年前の悲劇がまだ生々しく残っていた。
喜助は押し入れに隠れていた。
父の低い悲鳴が聞こえる。母の命乞いの声が聞こえる。
その戸から微かな光が見える。しかし、その光の先は、絶望の絶景だった。
包丁が頭に刺さってる母の姿があった。そしてその母と目が合った。
喜助はビックリして物音を出してしまった。
こちらに近づいてくる足音。
喜助は目を閉じて丸くなる。
何か聞こえる。

「…さん…っさん…おっさん…おい、おっさん」

先輩の年下の村田の声だった。
タイマーが目覚まし時計のようにピーピー鳴っていた。
ここは居酒屋の厨房だった。
いつの間にかイヤなことを思い出していたらしい。

喜助は唐揚げを盛り付け、ホールに渡そうとする。
「ちょっと、篠塚君」と料理長に止められた。「色おかしいなー。これ、唐揚げ粉と片栗粉、どのくらいの割合?」
「から揚げ粉2に対して、片栗粉1です」
料理長は呆れる。

説明しよう。
唐揚げ粉に片栗粉を入れることで、唐揚げがパリッと揚がるのだ。
ここの名物、カリカリ唐揚げは、それはそれはカリカリなのだ。
なので、唐揚げ粉と片栗粉の割合は、1対1なのだ。

料理長は村田を呼んだ。その呼び方に少し棘がある。
村田に質問する。
「唐揚げ粉と片栗粉の比率は?」
村田は視線で今ヤバい状況だとわかった。しかし、比率に自信がなかった。
「えー、2対…1?」
料理長の厳しい目が村田に移ると、厨房の空気が一変した。
周囲のスタッフの視線が彼に集中する。料理長の声は冷たく、村田のプライドを切り裂いた。
「お前のミスで、篠塚君が唐揚げの揚げ時間を間違えたんだろう?」
この前の揚げ時間の間違えも、この村田のせいだと料理長は確信した。
料理長は村田に対して、揚げ直しを命じた。
村田は悪い意味で注目を浴びたことに苛立ちが隠しきれなかった。

喜助は気分よく洗い物をしている。
料理長からまかないの時間が告げられた。
村田から唐揚げを受け取り、更衣室で食べようとした。
しかし、違和感を感じて、喜助は吐き出した。
何だこの唐揚げは?

その時、耳障りな笑い声が響き渡る。
「おい、おっさん。どうだ、俺の特製1分揚げ唐揚げは?からっとしてるか?」村田だった。
村田の声は、自己満足に満ちていた。彼の目は、喜助の困惑を楽しむかのように輝いている。
「おい、調子乗ってんじゃねーぞ、こら」と明らかな敵意が込められていた。

喜助はメモに書き加えた。

『村田 ×××』

彼の名前を何重にも、そして強く囲んだ。
喜助の心の中で、何かが決断されたようだった。

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