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『ゲゲゲの謎』を片目隠して観たら見えたもの 〜「死相」とは何だったのか〜

初めましての方は初めまして、あっかみんと申します。

『鬼太郎誕生ゲゲゲの謎』をみて以来、あまりにもたくさんの感情が爆発してしまい、4ヶ月経ったいまでもハマっております。ゲ謎のアマプラ見放題が始まるタイミングでこの考察をひっそりと世に出すことにしました。

書くことは好きなのですが、下手ですので、誤字脱字、変な日本語は大目に見ていただけると幸いです。

以下ネタバレしかないです。映画を見ていない方は是非スッとこの記事を閉じて、まず映画を見に行ってください。今ならアマプラで見放題です!!




「お主、死相が出ておるぞ。」

鬼太郎の父(以下ゲゲ郎)が水木にかけた最初の言葉。

出会いのシーンは東映映画チャンネルに上がっているので、ぜひ見に行ってください。

映画を見る前にこの動画を見た私は「映画ではこの死相が何だったかわかるんだろうな〜。あと水木に憑いている戦友たちの霊についても知れるんだろうな〜」程度に思っていました。予想は大外れ。「死相」って何だった?戦友たちの霊は??

衝撃を受けてから4ヶ月ほど経って、やっと私の中で答えが出ました。その答えをここにまとめたいと思います。

(考察のつもりではありますが、正直考察と妄想の境目があやふやになっている気がしないでもないのでご了承ください。オタクの戯言だと思って「へー、ふーん」ぐらいで読んでもらっていただいて…)


「死相」とは哭倉村での出来事?


結論から述べますと、

「死相」は哭倉村での出来事を指していません。

その理由はゲゲ郎の電車内での台詞に答えがあります。

まず、ゲゲ郎の台詞を復習しましょう。

「お主、死相が出ておるぞ」
「この先地獄が待っておる」
「儂には見えるのじゃ、見えないものが見えるのじゃ」
「現にそら、お主の後ろ 大勢憑いておる」

『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』

映画を見た後だと、「死相」は哭倉村での出来事を指していたと考えるのが自然です。一歩間違えれば水木はあの村で死んでいたかもしれない。ならそれは「死相」ですよね?私も最初はそう思ってました。

ただ、それだとゲゲ郎の台詞全体の辻褄が合わなくなるんです。

もし、「死相」が哭倉村での出来事を指していたとするなら、「地獄」も哭倉村での出来事を指しているはず。でも、なぜゲゲ郎は行ったことのない哭倉村の出来事が「地獄」であるとわかっていたのか?

もし哭倉村が地獄だとわかっていたのなら、ゲゲ郎はあんなにあっさり長田に捕まらなかったと思うんです。天敵の裏鬼道もいますし。さらに、spoon2diのインタビューで脚本家の吉野弘幸さんは「もしゲゲ郎が長田に捕まっていなかったら、真正面から『たのも〜』と龍賀家に入っていったと思う」と述べています。これらの事実から、ゲゲ郎は哭倉村が地獄である事を知らなかった可能性が高いです。

なら、ゲゲ郎は哭倉村での「地獄」を予知していたのから「地獄」と言ったのか?これも信憑性に欠ける考察です。幽霊族と言えど、未来予知能力は持っていないはず。もし本当に未来予知ができたのなら、ゲゲ郎は妻をもっと早く助け出せていたでしょう。

『う〜ん、それでもやっぱり「死相」と「地獄」は哭倉村での出来事を指しているんじゃないかな?』

そう思っている方がいるかもしれません。

ですので、一旦そう仮定して、次の台詞を見てみましょう。

「儂には見えるのじゃ、見えないものが見えるのじゃ」

「死相」「地獄」が哭倉村での出来事を指しているなら、ゲゲ郎が「見えている」のは「死相」と「地獄」にあたります。

「普通は見えない『死相』や近い未来起きる『地獄』が見えてるのじゃ」と。

ただ、そう仮定すると次の台詞

「現にそら、お主の後ろ大勢憑いておる。」

に上手く繋がらなくなります。

いままでゲゲ郎が水木に告げてきたのは近い未来に起きる哭倉村での「地獄」、そしてその未来による水木の「死相」。なのに、突然水木の後ろに憑いている霊について語る。「死相」と「地獄」がどう水木の後ろに憑いている幽霊達に関係するのかはっきりしません。何故ゲゲ郎が水木に戦友たちの霊を見せたのかわからなくなるんです。

『ゲゲ郎が水木を怖らがらせるために見せたんじゃないか?』

その可能性はなきにしもあらずだとは思います。が、ゲゲ郎は所構わず人を驚かせるような達ではない。水木に戦友たちを見せた理由にしては弱い気がするのです。

『見えないものが見える事を水木に教えるために戦友たちを認識させたのではないか?』

こうも考えました。ですが、そうすると「見えない」ものは幽霊や妖怪などを指す事になり、その前まで話していた「死相」「地獄」とは本質が違う「見えないもの」になる。幽霊や妖怪は見えないけどそこにあるもの。死相や地獄は物理的に存在しない、人など場所が纏っている空気。

こんな感じで、「死相」「地獄」が哭倉村での出来事を指していると仮定すると、ゲゲ郎の台詞に辻褄がつかなくなるのです。

つまり、ゲゲ郎が言った「死相」は哭倉村での出来事を指していない。そう結論づけました。

(これは余談なのですが、水木の「バカな…」にも違和感を覚えたんです。最初は「あいつどこへ消えやがった?」的な発言だと思っていたんです。でも、もしそうだったらもっと直接的な表現でもいいはず。「なんだったんだあいつは…?」的な。もしかしたら「バカな…」には違う意味があるのかも。そう感じたのもこの考察を始める理由になりました。)

「死相」とは何だったのか

本題です。

「死相」とはなんぞや。

私の答えはこれです。

「死相」:= 「水木の戦友たちの怨念」

ゲゲ郎と水木が出会った時、戦友たちは水木を怨んでいた、もしくは怨む一歩手前だったのではないか。そしてゲゲ郎は水木に忠告をした。「ここまで恨まれるような生き方をし続けたらお主、死ぬぞ?」と。

水木の戦友たちは冒頭に登場したっきりで、それ以降ほとんど触れられません。ただ、もしかしたらそんな見えない彼らが「死相」の元凶だったのかもしれない。

そう思うようになった理由を話します。長くなりますが、お付き合いください。

なぜ戦友たちは水木に憑いているのか

まず、何故戦友たちは水木に憑いていたのか紐解いていきましょう。

正直、映画を観ただけでは答えはありません。

ですが、水木の戦争体験のベースとなった水木しげる先生の漫画『総員玉砕せよ!』を読むと一つの可能性が浮上します。

水木が所属していた部隊の唯一の生き残りだった可能性です。

『総員玉砕せよ!』は水木しげる先生の戦争体験と実話をもとにした戦争作品。先生が生き残った現実とは違い、作品に出てくる登場人物は全員死に絶え、誰にも知られぬままゆっくりと朽ち果てていきます。水木の悪夢の描写や、木村さん(水木の声優)の演技指導に使われた事から、ゲゲゲの謎が『総員玉砕せよ!』を軸にしている事は明らか。『鬼太郎誕生』と『総員玉砕せよ!』は切っても切り離せない関係にあるのです。

そんな戦争作品の主人公は丸メガネを掛けた、背の低い丸山二等兵。作中では丸山がビンタされてよろける姿が描かれています。

そして、そんな丸山そっくりの兵隊が映画に登場している。そうです。水木の後にビンタを受けてよろけているあの兵隊です。

これらの事実から、水木は丸山と同じ部隊だったという隠れ設定がある可能性は高いです。

すると、水木に何故大勢の戦友たちが憑いていたかわかる気がします。もしかしたら戦友達は水木に憑くしかなかったのかもしれない。隊の唯一の生き残りに。

ただ、水木に憑いた理由は戦友たちが水木を怨んでいたからではないと思ってます。

憑いた理由は怨みからではなく、無念から、でしょう。

皆が玉砕していく中、水木一人が生き延びた。無念の中死んでいった戦友たちは生き延びた水木がどんな未来を進むのか見たくなって憑いたのかもしれません。

「生き残ったお前はどう命を使うんだ」と。

もう自分たちが生きれない未来を生者の水木を通して見るために水木に憑いたのでしょう。

血液銀行での汚れ仕事と戦友たちの怨念

唯一の隊の生き残りである水木に憑いた戦友たち。ただ、その動機は怨念からではなく、無念から。

なら、なぜ戦友たちは水木を怨んでいるのか。

それは水木の戦後の生き方が深く関わってきます

水木の声優の木内さん曰く、水木は帝国血液銀行で働いている普通のサラリーマン。ですが、綺麗な身だしなみと高級品のピースを愛煙している事からいい給料はもらっているのは一目瞭然。(ピースが高級品であったという情報はいろんな方の考察で拝見しました。)

今では国営の血液銀行しかありませんが、当時は民間商業の血液銀行が主だったようです。日雇い労働者は雨の日に売血をしたりして、日銭を稼いで暮らしていた時代。衛生環境も最悪、暴力団が群がる無法地帯。有識者によると、抗争なども日常茶飯事で、水木が戦い慣れしていたのは血液銀行での汚れ仕事が理由の可能性があるとの事でした。

という感じに、血液銀行は弱者搾取の縮図みたいなところだったようです。実際、戦争帰りの水木がちゃんとした仕事につけた事が驚きだったのですが(マイゴジでは地雷除去という危険な仕事をしている)、もし裏社会と繋がっていたような事業だったのなら納得がいきます。(なんか軍隊とも接点があったようですが、完全に調べられてはないです。)

水木は「捨てられる前にのし上がる」「そのためなら何だってやってやる」と弱者を蹴落とすことも厭わないような姿勢で戦後生きてきた事がわかります。

そんな水木を見て戦友達はどう思ったか。

自分だけの利益のために他人を蹴落としながらのしあがる水木。自分たちを死に追いやった上官達のように。

水木に怨みの念が生まれてもおかしくありません。

ただ水木は「他人を蹴落としてでものし上がる」という姿勢を見せながらも、度々日本の繁栄を強く願っている事を示すような発言をします。

ちぐはぐな水木を完全には憎めず、でも完全に許すこともできず、戦友たちの怨念が募っていった。

そして、それがゲゲ郎が電車で見た水木の

「死相」

だったのではないか。

(ここの考察は他の方がXに上げていた素敵な考察をベースにしています。資料なども共有してくださったので、それを参考にしました。名前を出してよいかわからなかったので、気になった方は、「ゲゲゲの謎 血液銀行 X」などで調べていただければ出てくると思います。)

「死相」:=「水木の戦友たちの怨念」と仮定した時に見えてくるゲゲゲの謎

運命の出会い

ここで改めて最初に話した鬼太郎の父たちの出会いをもう一度見てみましょう。

「お主、死相が出ておるぞ」
「この先地獄が待っておる」
「儂には見えるのじゃ、見えないものが見えるのじゃ」
「現にそら、お主の後ろ 大勢憑いておる」

『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』

「死相」が「水木の戦友たちの怨念」だと仮定すると、「地獄」は「水木が人を踏みつけにし続けた未来」を指すことになる。そして「死相」の原因である幽霊たちがゲゲ郎には見えるので、「見えないものが見えるのじゃ」と水木に伝える。そして、水木に見えない戦友たちの存在、水木の「死相」の原因を認識させる。

どうでしょう。筋が通っているように思えます。

現に、私たちは人を踏みつけにし続けた人がどんな末路に至るのか映画で見せられます。時貞、もしくは克典は水木が進んでいたかもしれない未来。あれは紛うことなき「地獄」でした。

そして、水木の台詞。

「バカな…」

これも、当初とは少し違う意味に聞こえてきます。突然現れ、突然消えたゲゲ郎に対してへの驚きだけでなく、「あいつら(戦友たち)が俺に憑いているなんて…そんなバカなこと…」という感情もあったんじゃないか。

水木は自分に戦友たちの幽霊が憑いている事に対して怖がっている描写がはっきりとはないのですが、本当はずっと怖がっていたんだと思います。普通に考えたら、いきなり見知らぬ人ならざる者に「お主幽霊憑いとるぞ。しかもお主を怨んでおるやつ」なんて言われたらどんな人でも少しは怖がると思うんです。  水木が戦友たちの亡霊を怖がっていたとい考察は別記事を書いたので、興味がある方はぜひ読んでみてください。

「死相」は消えたのか?

水木は映画を通して、愛を思い出し、愛を取り戻します。記憶は無くしますが、鬼太郎という「運命」と出会うわけです。

愛を注げるようになった水木の「死相」は村を出た時には無くなっていたのでしょう。

これに関しては、映画にははっきりと答えが描かれています。

「なんでこんなに悲しいんだ…」

と涙を流す水木の左上を見ると、玉砕の時隊員たちが被っていたヘルメットが映ります。そしてゆっくりと消えていく。

まるで戦友たちが水木を許し、成仏した事を表すかのように。

もしかしたら、水木の中の戦争が終わったことを示す演出だったのかもしれません。しかし、ゲ謎は一貫として「そこに存在するモノ」だけを描いている。隠れ妖怪もそこに存在しているから描かれていて、物理的に存在しないものは映画で描かれていません。

なら、本当に戦友たちはやっと成仏できたのかもしれない。

これは個人的願望が入りますが、戦争で死ぬためだけに玉砕していった戦友たちも水木を狂骨から守ることによって報われたのではないかと思ってます。戦争では何も守れず死んでいった戦友たちが身を挺して愛を取り戻した水木を守ってほしい。全ては守れなかったけど、それでも大切な仲間を守って成仏していてほしい。『ゲゲゲの謎』に救いはないけど、報いはあるから。

「見えてる世界が全てじゃない」

この考察は6期鬼太郎の

「見えてる世界が全てじゃない」

とゲゲ郎の

「目で見るものだけ見ようとするから見えんのじゃ。片方隠すぐらいでちょうどいい」

という台詞を裏付けるような考察なのではないかと勝手に思ってます(自画自賛)。

鬼太郎映画であり、水木しげる映画であるゲゲゲの謎。戦争で亡くなった方々に追悼の意を込めて、水木の戦友たちにはとても重要な役割があったのかもしれない。でも、それがはっきり描かれることはないので見ているだけではわからない。

「片方隠して」見えた『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』。

そんな考察でした。

最後に

稚拙な文章・考察を最後まで読んでいただきありがとうございます。

まだまだ書きたい考察(や妄想)がたくさんあるので、今後も書いていく予定です。この熱量が変な方向に向いて、最近では戦争心理についての本や、ヒロポン中毒についての論文など読み始めてます。自分でも時代考察の面でゲゲゲの謎にハマるとは思っていなかったのですが、いろんな事を学べて楽しいので、今後も発見があったら書こうと思ってます。

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