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日記0451あるいは亅Magic Hour
「影が無い」
「鍵もない!」
私たちはどこでもない駅で降り、ラーメンを食べ、肉まんやら餃子やらシュウマイやらをたらふく腹へ詰め込み、すべてを失った。
「蛇に呑まれた!蛇に呑まれたんだ!」
丸々と肥えた蛇が数メートル先を這っている。私たちの持ち物をすべて、呑み込み、溶かしているのだろう。
日記0450あるいはアナタ無線機
電波になってしまった知人は地下鉄では話すことができないし、たまに、プツリと黙ったまま、いるか、いないかさえ判然としなくなる。
「幽霊みたいだ」
「電波だよ、幽霊じゃない。ちゃんといるし、どこへだって飛んでいける。オレ以上のフッ軽はいないよ」
にへりと笑う。けれども、それ以降、情報は更新されない。私は彼をスクリーンショットし、持ち運ぶ。職場にも、トイレにも、浴槽へも。
「何か話せよ、なあ」
日記0449あるいは爺嫌悪
「謹賀」
祖父は私宛に、未だ年賀状を送り続けている。老人ホームから手紙を出すことができるのだな、と不思議に思う。
達筆な字は逆に老いを感じさせる。部屋を片して見つけた何十枚という年賀状、私は一回しか送っていない。
ひどい孫だと思うし、公平でない。この執念深い年賀状はある種、私への恨みなのだろうか。それとも、ただの習慣なのか。
「明けましておめでとうございます」
こんな時期に何年分も年賀状を出したら
日記0448あるいは動物園動物園海
わすれもの、なくしもの、どちらがシンドいかを考えてみる。
「忘れ物は自己責任。しかし、なくし物は自分以外の誰かによって失くされた可能性があるぶん、なくし物の方がシンドいさ」
「いや、どこまでいっても自分のせいにしかできない忘れ物の方がシンドいよ。誰だって自分のせいだとは思いたくないからね」
不在着信と未読メッセージの山。
個人情報はどこからともなく流れ出る。
「動物園、動物園……。海にも行き
日記0447あるいはRe;解
「突汁?」
よく見ると追突注意の文字が隠れているだけだった。こういうクダラナイギャグに、あの女ならゲラゲラ笑ってくれただろう。
「どうも、あの女です〜」
「あ、あの女!」
あの女、と呼んでいるのは名前を知らないからだ。あの女と呼ばれたい、という本人きっての願い。それにより、私は10年来の仲ながら“あの女”の名字も名前も知らない。
「突汁とかキモいこと言ってんね〜」
語尾全てに「〜」を入れ
日記0446あるいは困惑蒟蒻
「人は一人では生きていけないよ」
その言葉を打ち破るべく、たった一人で生きている男がいた。久辺守泰、148歳。存命である。
「母親の父も吸わず、社会にも参加せず、文字通り、いや文字にも触れたことがないので文字通りにすらなれなかった御人だ。
いや、未だ痕跡しか発見されていないため、彼にな人という概念もないだろう。
ただ、人間の文化に触れたことはある。
あるはず、だ。
彼は蒟蒻を捧げられて
日記0445あるいは理性と利己心
タバコの箱。その内側に、たった一言「ごめんなさい。」とだけ書き残して、彼は消えた。
小さい男だった。小人、とまではいかないが、私よりも背が低く、ということは、人間という種において小さい方ということになるはずだ。
「君は身長の高い男のほうが好きでしょう。」
「身長よりも筋肉のある男が好き。腕が太いとなお良いね」
私はふざけてそう返したが、彼は悲しそうに笑った。彼の腕は細く短い。
「ずいぶんと
日記0444あるいはツルツル民家
「どうして、自殺なんかしてしまったのでしょうね」
朝から重たい話題だ。私は愛想笑いをしてからパンをかじる。笑わなければよかったと後悔した。
「ワタシがいけなかったのかしら」
疑問形ではあるけれど、ほとんど、確信のような響きがあった。口の中が渇く。
『自殺じゃない』
私の背後に立つ、男の霊が囁く。
『この女に殺されたんだ』
男はきちんと足があった。霊に足がないというのは、たぶん
日記0443あるいは湖に立つ白波のような
「心残りがあるとするならば……」
持って回った言い方をすることで、自分を守る準備を固める。
「死んだあと、みんなの反応を見られないことかな」
死をチラつかせ、同情や心配をされることを喜ぶ。
本当に気持ち悪い奴……。
「心より嫌悪を表します」
切った腹から、臓物が溢れる。最初は真ん中から、次に傷痕を押し拡げつつ端からドロドロと。
「白波の……」
辞世の句を詠む元気があるのなら、そんな
日記0442あるいは肉詐欺家風そして
「だいたいわかった」
私はぼんやり宙を見ながらひとり呟いた。悟った、とは違う、だいたいわかったという高慢な諦観にも似た感情。
「わかったわかった」
しっていることの範囲は狭い。でも、知り尽くせたと思えるのなら。
「わかったよ」
予想通りがつまらないなら、お前が混沌になるしかない。
「できるかな?」
強い風が吹く。盗っ人たちが列をなして狭い部屋に入っていき、色んなものを運び出す。
「
日記0441あるいはクタバレゴミドモ
「な~んでそんなに怒ってるのね?」
「わかんねぇか?」
男は暗い目つきで、爪を齧っている。
「僕には怒りがよくわからないんだ。教えてくれないかな」
「クタバレ、って意味だよ」
「親が不治の病でつらそうにしてて、早く死なせてあげたいって感情も、怒り?」
「なに、トンチンカンなこと抜かしてんだ」
爪がミシリと音を立てて縦に割れる。
「自分の支配下に置けない、目障りで、気持ち悪い、すべてが腹立た
日記0440あるいは清呪具
「ブレード・ランナーみたいだ」
たくさんのチューブに繋がれ、冷たいミミズを血管に流し込まれながら、私は嘘くさい日本の装飾を見上げている。
「この街はきらい?」
「嫌いだね、大を二つ三つ付けたっていい。大嫌いだ」
「好きな場所はあるの?」
「新所沢とあざみ野、それから、木曽」
「一つもわからないわ」
「この街はうるさすぎる」
「こっちにきて」
静寂。たまにピアノの音。
「静かだからってエッ
日記0439あるいは欲田辺
「何もしてないって思っちゃう」
たくさん寝た日、たくさん食べた日、それだけで何かした気になれる私とは違い、大抵の人は「何もしなかった」と思うらしい。
「ふーむ」
私は夢日記をつけている。寝れば寝るほど、記録は増えていく。
日記0438あるいは欲寝多
めちゃめちゃ寝たなぁ、と思って目を覚ますと世界は滅んでいた。いや、私の目に映る範囲だけが壊滅的に、それこそ、瓦礫の山になっていたので、まあ、本当は滅んでないのかもしれないけれど。
「君が生き残ってる、その時点で滅んじゃいないさ」
男勝りな女が瓦礫の下から腕だけをのばし、揺らし、私に話しかける。
「挟まってるの?」
「潰されている、が正しい。助からないだろうね」
「世界は滅んだのか?」
「さあ
日記0437あるいはキービョ
「病院へ行こうね」
熱っぽい身体、手を引かれる。たぶん、親だろうと思う。いや、でも親は手を引いてくれていなかったのだっけ?
「病院……、行かなくていいかな」
「……どうして? つらいでしょ?」
僕は少し考える。
「病院へ行くと、自分が病人だって思い知らされるから……」
「病人だもん、仕方ないって」
病人、そうか。病か。
治さないといけないのはわかっている。
脳を巣食っている何かを取り除