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あれから13年。「もしも」のための震災対策。

気がつけば3月中旬。
この時期になると、普段全く意識してないのに
ふと思い出すのが、「東日本大震災」です。
震災の日を前日に控えたいま、
当時の震災のこと、今私が震災対策についてどう考えているかをお話しようと思います。
石田愛奈です。

大学1年春だったあの頃

東日本大震災があったあの日、
私は大学1年生の春休みの真っ最中でした。
2011(平成23)年3月11日午後2時46分。
地震が起きた瞬間の私は、
大学の図書館で卒コンに向けて
4年の先輩宛の動画作成をしていました。

揺れ始めたときは、「おっ。地震。」くらいだったのに
予想以上に長く、縦揺れの地震に、
普段机の下に避難しない私が一応
避難しておこうと思ったことを覚えています。

地震がおさまったあとの図書館は
本棚から本がほとんど落ち、まさに本の海。
この情景を見て始めて、大地震が起きたんだ!と自覚。

そして、家に帰ってニュースを見た時に
自分の想像をはるか超える事態に驚愕したことを覚えています。

自分のできることで世の中に大きな影響を作った友人の存在

当時、地震がおきて私はただただ、
世の中の流れに身を任せて適応することで一杯一杯でした。

なかなか繋がらないケータイで友人に安否確認したり、
twitter (現 X)でいろんな人のつぶやきを見て、
電車の運行状況を確認したり、
歩いて帰るなら白線を歩いたほうが足の負担が少ないことを知ったり。

そんな中、私の大学の同級生は1日で
HP:PRAY FOR JAPAN(※)を作成し、
訪れた困難をみんなで乗り越えようをコンセプトに全世界に発信しました。
(※現在はもうすでにHPは閉鎖済み)

この行動はのちに、口コミで広がり、
#prayforjapan が瞬く間にtwitterで広がり、
わずか48時間で300万アクセス。
最終的に、本出版にいたるまでの影響力を発揮しました。
以下の本を、目にしたことある人もいるのではないでしょうか。

pray for Japan

結果、この本の印税は全て復興のために寄付され、
当時20歳の男子学生だった友人は莫大な金額の貢献をしました。

pray for japanを知らな人ために以下、抜粋。

■prayforjapan.jpとは?
2011年3月11日の東日本大震災発生の12分後から届き始めた、海外・国内からの<祈り>(prayforjapan)のメッセージ、エピソードを集めたWebサイト。
震災当夜、停電中の一時避難所にいた20歳の大学生によって立ち上げられました。
多いときは、1秒に1回以上のペースで、地震発生時から現在まで地球上のあらゆる地域からツイッターやフェイスブック、画像投稿サイトを通じて、多くの写真や言葉が寄せられています。

amazon.co.jp

この時、普段くだらない話で宅飲みをしていた友人が、とっても偉大に思えたこと、
自分には何ができるんだろう、と考えさせられた感情は今でも忘れられません。

私が、社会人になってから
チャリティーイベントを定期的に開催するのは、その影響もあるかもしれません。
私にできる現地に行く以外の形で、
誰かを支える活動を通じて少しでも貢献する。
友人の姿から学んだことです。

東日本大震災から具体的に変わった私の行動

3.11.の経験があったからこそ、
震災に頓着がなかった私も、すこーーーしだけ行動が変わりました。

  • 懐中電灯を家に置くようになった

  • 非常食を一定の量補完するようになった

  • 東京都支給の「防災ブック」を保管するようになった

  • 売上の一部を義援金として寄付するチャリティーイベントを行うようになった

東京都オリジナル防災ブック

おすすめは防災ブックを読み始めること

この防災ブックが意外と役に立ちます。
震災に備えるために、まずするべきことを理解したければ、
東京都民のみなさんは、まずはこの本を読むことをオススメします。

東京防災 / 東京くらし防災

奇遇にも、3月9日の投函分として2024年分を受け取りました。
ぜひ、ご自宅のポストを確認することから始めて見てください。
もしものために、何かのために。
自分を守るためにできること。
何か起きたときに自分にできることをやる。


今日もワクワクな1日を*
*ainitch*
石田愛奈/Aina Ishida

#もしもの備え

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