講評で気をつけなければいけないこと
小説の講評って、実はちょっと難しいと思いませんか?
だって、「この小説は良い」「この小説は悪い」
……そんな風に良し悪しがはっきりしてるものでは
本来はないですよね、小説って。
確かに、「万人受けする」「万人受けしない」
という作品の違いはあるかもしれませんが。
小説を読んでいると「これは駄目だな」
「これはすごくいい!」と、今までの編集経験から
照らし合わせて、良し悪しが見えてくるのも事実です。
そしてそれは往々にして、「出版」ということを考えると
当たっていることが多いわけですが、
もちろん、人によって読み方はそれぞれなので、
読者の感想としては外れていることもあったりするわけです。
だから講評に「絶対」はない。
まずはそれを前提に考えなければなりません。
そして講評をお願いする方は、ただの感想を求めているわけではないので、
「プロを目指すにはどこが足りないのか」
「もっと面白い小説にするにはどこを直せばいいのか」
というところを、しっかりお伝えするようにしています。
自分のダメだったところを認識して、
「ああ、こう直せばいいんだ!」と気づきを得たり、
自分の思ってもみない長所に気づいて、
そこをもっと活かして小説を書こう、と思ったり、
とにかく何か実になるものを持って帰ってもらいたい、
自分自身の作品に新たな気づきを得てほしい、
という想いで講評をしています。
しかしここで気を付けなければいけないのは、
講評を受けた後に、作者がどんな気持ちになるだろうか?
ということで、
直すべきところを指摘して、やる気を失っても意味がないわけです。
講評を受けてさらにやる気が出る、もっと創作意欲が湧く、
という状態になるのが一番いいわけです。
ですので、講評する時には、
「これを読んだ作者のモチベーションが上がるだろうか?」
ということを意識しています。
もちろん、ダメなところを指摘しなくては
上達しないので、できる限りそこを指摘していくわけですが、
「モチベーションを落とさないように」指摘していく、
ということが、一番難しい、と思っています。
ある意味、これは講評の、教える側の
テクニックになってくると思いますが。
やはり誰しも、どうせ教わるなら
やる気を引き出してくれる先生に教わりたいですよね。
「人」を見て講評ができるともっと正確に講評できるのですが、
(つまり、どういう言い方をするとやる気が出るのか、
どこまで打たれ強いor打たれ弱いのか等)
その塩梅をはかるのに、文字だけ、文章だけ、
そして目の前の小説だけで推し量るのが、
なかなか技量がいるな、と日々痛感しています。
人によって、胸に響く言葉って本当に違うんですよね。
講評をしていて、そこは面白いと感じる部分でもあります。
というわけで今回は「講評する側」の想い、葛藤などを書いてみました。
オンラインでのサービスであっても、結局は人対人のお仕事。
人の想い、心というのはネットであっても、文章だけであっても、
通じてしまうものだと思います。
小説はさらに「作者の心の声」ですので、もっと通じてしまうものですね。
心を込めた想いというものを、ぜひ文章で、小説で、
多くの人に届けてほしいですね。
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