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旨いイギリス料理が存在しない理由:地政学と産業革命と食文化

 Ryéさんから『 #アンディ・ウォーホル がキャンベルのスープ缶を描いた本当の理由』についてコメントをいただきました。彼女と私は、米英食や世界中の華僑が作る中華料理に対する評価が非常に似ています。 #ファストフード に味覚が損なわれている方には理解し難いかも知れませんが、今回は『旨い #イギリス料理 が存在しない理由』を一風変わった観点から解説してみます。

地球上にイギリスが存在しないという衝撃の事実

 日本では多くの方々が #英語 を学習し、 #イギリス留学 を夢見ています。私自身、 #イギリス のバンドの #ピンク・フロイド や俳優の #ショーン・コネリー のファンとして、地球上に『イギリス』という国が実際には存在しないことを知り、大いに驚きました。

 多くの日本人が『イギリス』と呼んでいるこの地域の正式名称は『グレートブリテン及び北アイルランド連合王国』(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)で、通称は『United Kingdom:UK』または『Great Britain:GB』であり、イギリスという国は存在していません。

 日本は北海道、本州、四国、九州といった島々で構成された統一された国家です。これに対し、連合王国とは、 #イングランド #スコットランド #ウェールズ という三つの国と、 #北アイルランド という異なる国家が #グレートブリテン 島及び #アイルランド 島に跨って一つの連合として機能していることを指します。

 それぞれの地域には独自の文化や歴史があり、特にスコットランド、ウェールズ、北アイルランドは政治的にも自律を持っています。一方、イングランドはグレートブリテン島の最大の部分を占め、GBの政治や経済の中心地として、首都 #ロンドン を擁しています。

 つまり、『イギリス』という国が存在しない以上、『イギリス料理』も存在しないのです。

 一方で、アイルランドは農業、水産業が盛んな地域で、豊富な食材から様々な郷土料理が存在し、素晴らしい食文化があります。

 また、スコットランドは #パイ料理 の発祥の地として知られており、様々なパイ料理があります。日本ではアップルパイが有名ですが、スコットランドでは『パイ』とは料理の名前であると同時に調理手法でもあります。UK(英国)やUS(米国)では、パイの中身には果物、ドライフルーツ、ナッツ、肉類、魚介類、野菜、スウィーツなど何でもあり、カップにパイ生地をかぶせて調理すると、スープの蓋の役割を果たすこともあります。調理手法としてのパイは、包み焼きできるものなら何でも良く、食材の風味を閉じ込めたり、包み込んだ複数の素材の味を引き出す効果もあります。これは、中華料理の包(パオ)の中身が餡子だったり、肉と野菜などを混ぜて作ったタネだったりするのと同じです。

スコットランドの伝統料理の衰退と『イギリスの食べ物は拙い』という評価が定着した背景

 GBを代表する料理といえば、 #フィッシュ・アンド・チップス です。この料理は意外と新しく、1800年代半ばにGBで誕生しました。フライドフィッシュはロンドン東部のユダヤ人コミュニティでポピュラーな料理であり、一方、チップス(揚げたジャガイモ)はイングランド北部で好まれていました。これらが組み合わされ、労働者階級の食事として定着しました。

 1900年代に入ると、フィッシュ・アンド・チップスはGBの外食産業の先駆けとして発展しました。第二次世界大戦中にGBが配給制になった際、フィッシュ・アンド・チップスは配給される数少ない食糧の一つでした。戦後もフィッシュ・アンド・チップスは安価なファストフードとしてGB国内だけでなく、アメリカにおいても多くのファストフードチェーンが展開されています。

産業革命とフィッシュ・アンド・チップスの切っても切れない関係

 フィッシュ・アンド・チップスはラードで揚げられることもありますが、一般的には落花生油、大豆油、コーン油などの植物油で揚げられています。産業革命以前は、植物油の価格が非常に高く、広く揚げ物が食されるようになったのは1900年以降のことです。

 落花生油や菜種油、胡麻油などの #植物油 は、加熱した後に圧搾するシンプルな方法で製造することが可能です。ところが、現在広く使用されている大豆油やコーン油の製造には有機溶媒を使用する搾油装置が必要で、これらの装置の製造や運用には産業革命が不可欠でした。また、これらの搾油作物を大量に生産するためには、アンモニア肥料が必要ですが、 #アンモニア の大量生産は #産業革命 #ハーバー・ボッシュ法 による技術が必須でした。

 つまり、産業革命がなければ、莫大な農地開発や肥料生産、植物油の大量生産が不可能であり、植物油がなければフィッシュ・アンド・チップスの量産もできません。また、産業革命後の人々の忙しい生活を支えるためにも、ファストフードとしてのフィッシュ・アンド・チップスは重要な役割を果たしています。

GBの食事が不味いとされる理由の歴史的、文化的、および社会的背景

産業革命の影響:GBは産業革命を最初に経験した国の一つで、都市への労働者集中により、手早く安価な食事が求められるようになりました。これにより、伝統的な調理方法が蔑ろにされ、食事の質が低下しました。

第二次世界大戦の影響:戦時中の食糧不足は食事の質をさらに悪化させ、配給制限下での代替食材の使用が普及しました。この時期に確立された食習慣は、戦後も長くイギリス食の評判を低下させる原因となりました。

気候と食材:GBの気候は比較的冷涼で、新鮮で多様な野菜や果物の供給が限られています。これが、食事の多様性や味わいに影響を与えています。

GBで産業革命が大きく発展した地域

 産業革命が躍進した地域として、特にミッドランズと北イングランドが挙げられます。これらの地域では、豊富な石炭資源と水力を活用して、重工業や製鉄業が急速に発展しました。以下は特に重要な地域です。

マンチェスター:綿工業の中心地として知られ、『世界の工場』とも称されるほどでした。テキスタイル産業が特に盛んで、この地域の経済成長に大きく寄与しました。

バーミンガム:ミッドランズの中心に位置し、多様な製造業が栄えました。特に金属加工が著名で、『工場の町』として知られるようになりました。

リヴァプール:主要な貿易港として発展し、世界中からの原材料の受け入れと製品の輸出が行われました。

シェフィールド:鉄鋼業が特に発展し、『鋼鉄の都』として名高い。高品質な鋼の生産で知られ、工業革命期において重要な役割を果たしました。

 これらの地域では、工業革命による技術革新と生産手法の変化が、後の経済発展の基盤を築きました。一方で産業革命に伴う経済発展の裏で進行していたのは、食文化の破壊であり、大量生産、大量消費、経済発展と食文化の破壊の間には、綿密な関係があります。

GBの食文化の低下と現代社会の影響

 GBの食事が世界中で評判が悪いのは、効率化や経済性を優先することで、 #食文化 が単なるカロリー源に置き換わってしまったということです。これはイギリスとアメリカに共通した傾向で、日本国内でもファストフードや #コンビニ弁当 しか食べていない人は、経済性を優先して食文化の優先度が下がっていることを意味しています。

 このように、歴史的な出来事や社会経済的な発展が食文化に与えた影響は深いものがあり、それは単に『味が悪い』という表面的な評価以上のものを含んでいます。伝統的な料理技法や地元の食材を見直すこと、そして食に対する価値観を再構築することが、GBの食文化の向上には不可欠です。これはGBだけでなく、グローバルに見ても同様の課題を抱える地域が多く存在しています。

#武智倫太郎

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