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即興小説『さなぎの椅子、翅のリボン』/「想いだけで、愛が成り立つの、なら」』

恋は暗闇のなかに浮かぶ一脚の椅子。

灯りを消したその部屋に、私と椅子しかいないからこそ、その椅子を拠り所にしてしまう悲しみと寂しさがつきまとう。

でも椅子に腰掛けることそれ自体があなたに逢えない淋しさを紛らわせるから、逆に荒波としてそこに座りつづけることを赦されてしまうこの矛盾こそが、この恋を支える脚にも思えて……ずっと割り切れない。


薄闇の中、なかなか見えなかったその椅子がだんだんと輪郭を濃くしていき、私が一人、腰かけても、それが頑丈であることを確認できるようになり……今ではその上で 腹ばいに横たわり、もんどり打つことさえできるほど、形だけ、強くなってはいったけど……その椅子や、椅子の上にいる私を見つめるのは私以外、この闇の中にはいないわけで……。

それを「片想い」と呼ぶのであろう、という自覚を、そのままこの椅子の名前にすることが、この椅子に座れる資格にも想えて……。



声も、体も、動作も、どこにも響かない。

恋心に腰掛けながら、そこから離れることができないという宿命さえ、自分で勝手に決めていることなのに……どうすることもできない想いだけが私をこの椅子にとどまらせる。



膝を抱えてみる。

多分 本当にこの椅子が完成したんだと思う。

だからこの上で膝を抱えてみる。

そこからが、始まりだった。


私は私を守るように抱きしめる。

様々な濃淡がマーブリングを描く、夜の、厚い曇り空のような、深緑のワンピース。

足元から深海。

腰を抜けて大地から胸元の曇り空へ。

淀んだ色だけで織りなされた空を、私はいつも自分のように 見上げていた。

空なら誰も居ないから。

街の中、すぐに独りになりたかったから。

そこに全ての色があることに救われてた。

本当は白に憧れているのに?


自問自答する心が私をワンピースの中に閉じ込める。

一脚の椅子の上、

暗闇の中、

ワンピースの蛹の中

膝を抱えて収まることで安心できたから。

ワンピースをシルエットで選ぶ理由みたいに、私は私が選んだもののなかに収まることができたから。

でも、安堵した瞬間、その安心が別の形の窮屈に変わり、私を内側から外に、破こうとする。

足の指の間、すべてに手の指を入れ、思いを噛みしめるように、手足の指で心の歯形を合わせ、痛みを抱きしめてみる。

違うかも。

きっと抱きしめてるんじゃない。

それが「痛み」なのかどうか確かめるかのように、昨日までそれをしたことがあるかどうかわからない体の動きを探るように、蛹の中で、蠢いているんだ。



蛹の中が液体でできていることは誰かから聞いたことがある。

幼虫は成虫になる前に、蛹のかたい殻の中、一度体を液体に戻し、もう一度混ざり合った果てに新しい体を得る。

私は目をつぶればそれをすることができた。

私は多分、水でいることを思い出せると安心する。

闇は、水のように、私を傷つけない。

でも目をつぶればつぶるほど、世界が過去に飛んでしまうから、それで体がその時の形に戻ろうとする。

それをまた避けるように私は薄く瞼をあげる。

目を開けたままプールに潜り、本当の自分のカラダを探すみたいに、別の形を求めるように、今までにしたことのない体の動きを探す。


その唯一の手がかりが、この椅子、なんだと思う。

今までに触れたことのない触れ方で椅子に触れてみる。

誰にも触れたことのない触れ方で冷たい脚に絡みつき、誰にも甘えたことのない方法で悩みを打ち明け、好きなだけ泣いていい抱擁のように、泣き叫んだり、うなだれたりしてみる。

何も答えてくれないことが、こんなにも私に自由を与えてくれるなんて……。

その不自由に絶望しながら、希望を絶やさぬように、新しい動きを探す。

「愛の反対は無視であり、好きも嫌いも愛の形なら、私があなたを想うことは、それ自体愛なのだろうか?」

この暗闇が別の形に揺れたらいい。



「想いだけで、愛が成り立つの、なら」

髪を後ろでひとつにまとめる赤いリボンを揺らす。

この世界に持ち込めるのは「歌」だけだったから、私は私の好きな「歌」をものに換えてここに持ち込むことができた。

運命のリボンを揺らす。

何度も何度も聴いてきた歌たちでできた一本の赤い紐。

それはかすれ声の情熱の薔薇?

華麗なる逆襲を告げる燃えるドレス?

リボンの長さが私の身長と同じだけあることに、不思議を覚えることなく、当たり前に、しっくりもきている。

ゆっくりと、蛹の一枚目をはぐように、ワンピースの上に羽織った同じ色のカーディガンを脱いでいく。髪の束をそれにくぐらせる時、リボンの赤が深緑の上着に絡まる。

決して混ざることのない色同士を解きほぐすように、深緑のカーディガンを床にはらり落とす。

その時には、焼けた夏を抜けた果てに急激に凍え紅葉を得た落ち葉のように、その意味が既に変わっている気がした。

カーディガンを脱いだだけで何かが大きく変わったと感じる 私は、一体何者なんだろう?


あなたなら私の「本当の名前」を知っている気がしてた。

きっとあなたに会えばあなたは私のことを 「あなたはあなたですか?」 と聞いてくれるかもしれない。

そんな予感の中で暮らす日々は、いつしか空気ごと私を変えていった。

私は私になる準備をここでしていたのだろうか?

しているのか?

あなたを思うだけで幸せにも不幸にもなれたのは、きっとあなたに関係のないところで私が生きているからだ。

その自由を抱きしめるように、椅子の上で 私は私を抱きしめた。

椅子の上で膝を抱えうつむきうなだれ、赤いリボンが地に触れると、雨だれが水たまりにおちるように、それだけで「何か」、「意味が」、床で波紋を描き微かに弾ける気がした。



 
あらゆるものに魂が宿っているという話をたまに聞く。

アイヌの漫画を読んだ時にも、別の映画を見た時にも。

私はあらゆるものを見つめながらあらゆるものに感情や感覚 という意味を勝手につけていくけれど、それが真実かどうかは、また別の話。


でも 私がそこに見つける意味に少なくとも私は私を見つけることができた。

きっとそこで見つけたものと、あなたが同じものを見て 見つけるものが、どこか近いような気がしたのかもしれない。

もしくは私だけが見つけている私をあなただけが きちんと理解してくれていると勝手に信じるみたいに、私はこの闇に安心しながら、この闇の、それこそ何もなさにも、同時に怖れを感じることだって……。

そう。私には、この闇を好きなように定義することができる自由が託されていた。

ならば、この闇が私とこの椅子を包んでくれることにまずあたたかさを見つけることができるはず。

闇を闇であると感じることは多分 過去じゃない。

ちゃんと目を開けて目の前の暗闇を見ればそこに真っ暗ではない濃淡が見えるはずだから。


そう思った時、

どこからか、

ピアノの音が聴こえた。

多分このピアノの音は過去じゃない。

今この瞬間生まれ変わりつづける物語みたいに、この響きは、私の動きと同時に変わりゆく。ずっと一緒にいてくれたみたいに。でも、ずっと新しいみたいな寄り添い方で、静かな灯みたいに、

鳴る。

いや、

鳴ってくれている、って感じられる触れ方をしてくれる、今までに聴いたことのないピアノだった。


蛹の中で幼虫が透明になるようなピアノの音だった。

雨が虹に変わり雲に帰るようなピアノだった。

火山が噴火した時蒸発した地熱のようなピアノだった。

その事実が私にはやさしかった。

全部包んでくれていたからそれは白かった。

全部受け入れ、あたためてくれていたからそれはやさしい闇だった。

昼も夜も朝も全部あるから 私はそれだけでよかった。

そう。

それだけでよかったんだよ。

もう何も求める必要はないんだと 私は私の渇きの正体を知る。

話す必要もなく、ただ同じ部屋にいるだけで、休むことのできる 一脚の椅子のように愛されていたのだから。


そうか……。

私がすがっていたのは「愛された」という事実でしかなかったのかもしれない。

つまり、その事実に絶望を覚えていることは きっと正常なことだったんだ。

私はこの椅子の上で愛を学んできた。

ずっとこの椅子の上で愛を学んできた。

髪を解く。

椅子の前、赤いリボンを床にたらし、ゆっくりと円をえがくように置いてみる。




座り込んでいた想いの頂上に立ってみる。

初めて見渡せる景色がある。

過去から未来に行くことの良さは過去を見渡すことができるからかもしれないと初めて思えた。



目を閉じる。

どんな闇も怖くない。

あなたがいる。

踏み出す。


椅子から飛び降りる。





運命に着地する。



赤い円の中を吐息で包むように、陽だまりを抱き締める猫のように丸くなる。




いつのまにか ピアノが鳴り止んでいた。

つまりはピアノは私には聴こえていなかった。

そのぐらい ずっと私のそばにいてくれた。

あなたの足音が聴こえる。

それほど世界は静かだった。

違う。

ずっと私が心の中で叫んでいたから 何も見えなくなっていたんだ。

あなたのあたたかさが聴こえる。

聴こえた方に歩き出す。


机をみつける。

机の上に、金色のボウルと撥を見つける。

撥でボウルを鳴らす。

ボウルの円周をくるくると撥でなぞってみると、偶然、音が長続きした。

このつづく響きを、多分抱擁と呼ぶのだと思う。

ならばと私は口づける。

ボウルの中に唇から飛び込むと音が一瞬でかき消された。

誰かと繋がるということは真空の中に頭を突っ込むようなものなのかもしれない。

自分以外の誰かという外宇宙の中で私は多分あなたの音楽になっている。

ゆっくりと

顔上げる。

私が解いた赤いリボンがあなたと私を抱きしめている。



あなたは右手と左手にふたつの球を持っていた。

右手は過去

左手は未来

右手は黒

左手は白い鍵盤

右手は男

左手は女

右手は心

左手は体

右手はきのこの山

左手はたけのこの里

右手はスターバックス

左手はアフタヌーンティー

右手は小説

左手は音楽

右手は踊り

左手は眠り

右手は便箋

左手は手紙

右手は 虹

左手は、

青空。

無限に意味付けできるふたつの球を揺らしながら私たちは歩く。

落としてしまわないように、

慎重に、

慎重に、

ふたり

二つの無限を

落としてしまわないように

庇い合いながら。









音声入力による即興朗読

即興小説

『さなぎの椅子、翅のリボン』/「想いだけで、愛が成り立つの、なら」』

即興詩人 AI UEOKA



僕が僕のプロでいるために使わせて頂きます。同じ空のしたにいるあなたの幸せにつながる何かを模索し、つくりつづけます。