アゴラの人々復活公開①「喫煙所にて」2016.5.30

<「アゴラの人々」限定公開>

こまばアゴラ劇場の閉館に際し、
2016〜2017年に公開していた記事から、
数本を限定復活公開いたします。
ごく一部の改変を覗き、当時のままの文章を掲載しています。

詳細はこちら→「アゴラの人々」期間限定復活公開とは

喫煙所にて/2016.5.30

タバコが気になる。
自分はまだ、吸ってみようとは思わないのだけど。

アゴラの階段を上って事務所へ行こうとすると、
途中に喫煙所があって、たいてい誰かが一服している。
私は吸わないのでここに自分から用事はないのだけれど、知り合いがいるのを見るといつも立ち止まってしまう。

タバコを吸っている時は他にすることがない(らしい)ので、話をしてくれて、楽しいのだ。

たくさんの人とこのアゴラの喫煙所で話をした。

喫煙所はベランダのような空間で、簡単な柵の向こう側にある。
灰皿がふたつと、椅子がひとつ。
ほぼ屋外なので、雨が降っている時は少し濡れてしまう。

真下がアゴラの出入り口なので、柵の中に入り手すりから身体を乗り出して見おろすと、劇場に出入りする人々が見える。

ある日階段を上っていくと、かなざわさん(金澤昭さん)がいた。
かなざわさんは青年団の制作さんで、無隣館担当である。
私もたいへんにたいへんにお世話になっている。

かなざわさんと初めて会ったのは、高校生の時だった。
高校2年生のとき、青年団演出部の林成彦さんが主催する、「高校演劇サミット」というフェスティバルに出た。
毎年おこなっていて、今年も秋にアゴラで公演する。

かなざわさんは、私が出た当時の「高校演劇サミット」の制作をしていたのだ。
ただ、当時はリハーサルの日と本番当日にほんの少し話しただけで、きちんと会話したことはなかった。

大学生になって観劇をしにアゴラに来た時に見かけて、サミットに出ていたかがみですとご挨拶をしたら、ものすごくびっくりしていた。
そして今や、アゴラでとってもお世話になっていて、一緒に喫煙所にいる。

かなざわさんは煙を吐き出しながら、「かがみさん、今日はどうしてアゴラへ?」と言う。

「今日は印刷をしに来ました」と答えて、柵の中へ入って下をのぞくと、劇を見るお客さんがぞろぞろと入ってゆくのが見えた。
アゴラは高校生のお客さんも多い。
制服姿がちろちろと見える。

「そうですか、」と言ってかなざわさんは灰皿に灰を落としている。

昔から家族や親戚にタバコを吸う人が少なかったから、私にとってタバコは最近になってやっと身近になった、という感じだ。

だから不思議なのだ。
タバコって、いつ、どんな風にして吸い始めるのだろう?

かなざわさんにそれを聞くと、「うーん、よく覚えてないですね」と曖昧に濁されてしまった。
そして、「特に吸いたいわけじゃないなら吸わない方がいいよ」と言う。

私が「今吸いたいとは思ってないんですけど。」と答えると、
「まあでも、もう、かがみさんも二十歳になったんでしょ?吸うのも、吸わないのも、自分次第だよね」
と言われた。

二十歳。
はたちかあー。

はたちって、もっと、大人っぽいと思っていたのだ。

それこそ、かなざわさんに出会った当時の私にとってははたちなんて遠い未来の話で、
はたちになった瞬間ひとりで生きていくのだとどこかで信じていた。

実際にはたちになって、私はたいていのことを自由にしていいことになった。
でもまだわからないことだらけだ。
今日もぼんやりアゴラの階段を上って、喫煙所へ立ち寄って、タバコを吸う大人を見ている。
そういえば高校生のころは、このアゴラの階段も、知らない大人が次々に上へ姿を消してゆくものだった。
今はなんとも思わずに上っているけれど。

喫煙所から身を乗り出して、アゴラへ吸い込まれてゆく高校生の中に、制服姿の私を探す。

いつになったら大人になったと思えるんだろう。

タバコの煙ごしに、ずっとアゴラの入口を眺めていたかったのだけれど、
「印刷、行かなくていいんですか?」というかなざわさんの声で我に返り、私は慌てて階段を駆け上った。

***

#2016年度
30TH 5月 2016
©アゴラの人々
青年団若手自主企画vol.69 鏡味企画「アゴラの人々」

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