幼くして母親を亡くした少年一(はじめ)は、ある夏、涼を求めて山に入った。不思議な動きをする揚羽蝶を追っていくうち、突然開けた場所に出ると、そこには湖のような広い水場があった。………
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【ホラー短編小説】 淵 2
子どもの一は知らなかったが、そこは浦一体に水を供給する貯水池だった。ピンと糸を張ったように静かな水面が広がり、周囲に繁る鬱蒼とした木々が大きく張り出して影を落としている。その場所は浦の人々によって、昔から〝淵〟と呼ばれていた。
正面からざわざわと枝葉を揺らしながら吹きつけてくる風を浴びているうちに、一はなぜか嬉しくなってきた。いままで山の木々と下生えに挟まれた熱気のなかをずっと歩いていたせいか
【ホラー短編小説】 淵 4
その日、怜子叔母さんは大学の同窓会に出るといって、ひと晩留守にした。親戚筋にあたる、白浜の、田原のお夏婆が泊まりに来てくれた。
その夜は、激しい雷雨になった。遠くで太鼓を叩くようなドンドンドンという雷鳴がなり始めると、激しい雨が浦全体を覆った。
稲妻が一定の間隔を置いて寝室のカーテンを鋭く照らす中、一は奇妙な夢を見ていた。
どこか深い、とても深い、緑色をした池のようなところから、誰かの呼
【ホラー短編小説】 淵 5 最終回
――このごろ、夜、一の寝室から妙な声が聞こえる。同窓会から帰ってきて以来、玲子はずっと不審に思っていた。
けー、けー、と最初は聞こえていたのだが、近づいて行ってよく聞いてみると、来え、早い来え、と、はっきり言葉を喋っている。
はい来え、こっち来え。
眠っている一の口からこぼれているのだ。何か夢を見ているらしい。
一……と声をかけた。目を覚ました一は、とろんとした夢うつつの目つ